144組を比較
似た韓国語文法の違い
日本語訳が近い表現も、文中の役割、前後関係、話し手の意図で使い分けます。迷っている2表現を選んでください。

混同しやすい文法の対比 早見表(意味グループ別)
上の一覧と同じ比較ページを、意味グループ別に並べ直しました。決め手は各比較ページの判断基準、注意点は誤りやすい点の要約です。
理由・原因
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -어서(-아서/-여서) と -(으)면 | 理由・原因には -아서/어서、条件・仮定には -(으)면 を使います。前節が後節の原因か、後節が成り立つ条件かで選びます。 | 前節を後節の原因として示すのか、後節が成立する条件として置くのかを読みます。標準国語大辞典は -(으)면 を「不確実な、またはまだ実現していない事実を仮定して述べるときに使う連結語尾」と説明しているので、仮定として置く内容かどうかを先に確認します。 |
| -어서(-아서/-여서) と -기에 | どちらも理由を示します。出来事を後ろの結果の理由としてつなぐなら -아서/어서、状態・事実を後ろの判断や行動の根拠として置くなら -기에 を候補にします。 | 二つを意味だけで完全に分けず、この文で何が後ろの結果・判断の理由になっているかを確認します。標準国語大辞典は「-기에」を「원인이나 근거를 나타내는 연결 어미(原因や根拠を示す連結語尾)」と定義しており、原因だけでなく根拠も表す語尾です。 |
| -어서(-아서/-여서) と -어 가지고 | どちらも前の事態を後ろの結果の理由としてつなげます。一般的な理由接続なら -아서/어서、会話で原因や先行事態をつなぐなら -어 가지고 を使えます。 | 理由関係だけでなく、その発話が会話的な場面かを確かめます。一般的な理由なら -아서/어서、会話で原因や先行事態をつなぐ場面なら -어 가지고 も選べます。 |
| -는 덕분에 と -는 탓에 | 良い結果につながった助けや条件を示すなら -는 덕분에、望ましくない結果の原因を示すなら -는 탓에 を使います。 | 표준국어대사전は名詞「덕분」を「베풀어 준 도움(施してくれた助け)」、名詞「탓」を「주로 부정적인 현상이 생겨난 까닭이나 원인(主に否定的な現象が生じた理由や原因)」と定義しています。同じ「原因を取り上げる」接続でも、-는 덕분에 はその原因を良い結果へつながった助けとして評価し、-는 탓에 は望ましくない結果の原因として扱うため、結果の良し悪しへの評価が正反対になります。 |
| -느라고 と -기 때문에 | 前の動作に時間や労力を使ったため後ろの行動ができなかったことを示すなら -느라고、原因を理由として明示し、後件が叙述・結果の文なら -기 때문에 を使います。 | -느라고 は前の行動によって後件が妨げられたことを表すため、後件にはできなかったことや望ましくない結果が続きます。-기 때문에 は原因を取り上げますが、後件に命令・勧誘・-(으)ㄹ까요?は置きません。 |
| -로 인해 と -에 따라 | 一つの出来事を後ろの結果の原因として改まって述べるなら -로 인해、前の基準・程度・区分の違いに応じて後ろの結果が変わるなら -에 따라 を使います。 | -로 인해 は原因と結果を結びます。-에 따라 は「何によって結果が変わるか」という基準を置くため、単発の原因を言うだけの文へ機械的に置き換えません。 |
| -는 까닭에 と -로 말미암아 | 原因となる出来事や対象を名詞でそのまま示すなら -로 말미암아、動作や状態を理由として説明するなら -는 까닭에 を使います。 | 까닭 は名詞、말미암다 は動詞で、この品詞の違いによって前に付く形が変わります。까닭 には動詞・形容詞の現在連体形(-는/-은/-ㄴ)が付いて「-는/-은 까닭에」となりますが、말미암다 は原因となる名詞に格助詞 (으)로 が付いた「N(으)로 말미암아」の形でのみ使い、動詞・形容詞の節にそのまま付けることはできません。 |
| -로 인해 と -기 때문에 | -로 인해(-으로 인하여)は、名詞に付いて原因・理由となり、後の結果が成り立つことを表す表現で、-기 때문에 は、動詞・形容詞などに付いて理由・原因を表す表現です。使い分けは、名詞(出来事や原因となる物事)に直接つけて、改まった書き言葉で理由を示すなら -로 인해、動詞・形容詞・이다・아니다の文につけて、話し言葉でも書き言葉でも自然に使う一般的な理由表現なら -기 때문에 を選びます。 | -로 인해 は名詞につく表現で、動詞・형용사の活用形にそのままつなげることはできません。動詞・形容詞の内容を理由にするときは -기 때문에 を使うか、理由を名詞に言い換えます。なお、好ましくない結果にだけ使う -는 탓에 という近い表現もあります。結果が否定的かどうかが、-기 때문에 との使い分けの目安です。 |
| -는 바람에 と -는 통에 | 一つの出来事を直接の根拠・原因として述べるなら -는 바람에、その出来事が続く状況の渦中で望ましくない結果が生じたことを述べるなら -는 통에 を使います。 | 표준국어대사전は依存名詞「바람」を「(‘-는 바람에’ 구성으로 쓰여)뒷말의 근거나 원인을 나타내는 말(『-는 바람에』の構成で使われ、後の言葉の根拠や原因を示す語)」、依存名詞「통」を「(흔히 ‘통에’ 꼴로 쓰여)어떤 일이 벌어진 환경이나 판국(多く『통에』の形で使われ、ある事が起きた環境や状況を示す語)」と定義しています。바람에は出来事そのものを結果の直接の根拠として示すのに対し、통에はその出来事が起きている環境・渦中を示し、その中で望ましくない結果が生じたことを表します。 |
| -잖아 と -거든요 | 聞き手もすでに知っている(はずの)事実を確認・念押しするなら -잖아(요)、聞き手がまだ知らない情報を新しく伝え、発言の背景を説明するなら -거든(요) を使います。 | どちらも文末で理由や事情のようなニュアンスを添えますが、対象になる情報が「聞き手も知っている(はずの)こと」か「聞き手がまだ知らないこと」かで正反対です。 |
| -기 때문에 と -으니까 | 原因そのものを取り上げて明示するなら -기 때문에、話し手の判断や依頼・命令・勧誘の根拠として示すなら -(으)니까 を使います。 | 国立国語院 韓国語教授学習支援センターの「유사 문법」比較欄は、-기 때문에について뒤 절に청유문이나 명령문이 올 수 없다、-으니까については뒤 절에 청유문과 명령문이 올 수 있다と明記しています。後件が依頼・命令・勧誘の文なら-(으)니까を使います。 |
| -어서(-아서/-여서) と -으니까 | 理由を表す文で、後ろに命令・勧誘(-세요、-ㅂ시다、-자)を置くなら -(으)니까を使います。平叙文では両方が使える場合があり、一般的な原因と結果には -아서/어서、話し手の判断・主張・推論の根拠には -(으)니까が中心です。 | このページでは、両方が理由を表すときの後続制約を比べます。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-(으)니까には文末の制約がない一方、理由の -아서/어서 の後ろには命令文・勧誘文を置けないと説明しています。ただし -아서/어서 が順序や方法を表す場合は別で、「앉아서 기다리십시오.(座って待ってください)」のように命令文へ続けられます。平叙文では命令・勧誘の有無だけでは選べないため、一般的な因果か、話し手の判断や主張の根拠かも確認します。 |
| -느라고 と -는 바람에 | 自分の行動に手を取られて別のことができなかった(言い訳・恩着せのニュアンス)なら、前後の主語が同じ -느라고 を使います。思いがけない出来事のせいで悪い結果になったなら -는 바람에 を使います。こちらは前後の主語が違ってもかまいません。 | どちらも動詞に付いて「〜していて/〜したせいで、できなかった」と訳せますが、国立国語院は -느라고 の制約として「앞 절과 뒤 절의 주어가 같아야 하고」と示し(天気など自然現象を述べる文だけは、主語が違ってもよい例外とされています)、-는 바람에 については「앞 절과 뒤 절의 주어가 같아도 되고 달라도 된다」と示しています。さらに、どちらも過去の -었- や推量の -겠- とは結合せず、後ろの文に命令文・勧誘文を置けません。時制は必ず後ろの文末で表します。 |
| -어서(-아서/-여서) と -고 | 「して、それから」と順に動作をつなぐとき、前の動作の結果や状態がそのまま後ろの動作につながる(買って読む、座って見る)なら -아/어서、前後が別々の動作で、先にしたことと後にしたことを順に並べるだけなら -고 を使います。 | どちらも日本語の「〜して、〜する」と訳せ、動詞に付いて時間の前後を表します。国立国語院は -어서(時間の前後を表す用法)について、前の節と後ろの節が密接に関連し、前の動作なしには後ろが成り立たないことを求め、「어제 책을 사서 읽었어요」は自然ですが「어제 책을 사서 친구를 만났어요」は非文(x)の例としています。一方 -고 は、前後を入れ替えると意味が変わる(先にしたことと後にしたことの順序を示す)用法で、動作どうしが独立していても使えます。どちらも前後の主語は同じでなければなりません。 |
| -으므로 と -기 때문에 | 公文書・発表文などの格式的な書き言葉で、後ろに「〜してください」「〜しましょう」のような命令・勧誘を続けるなら -(으)므로、理由を説明するだけで後ろが命令・勧誘にならないなら -기 때문에 を使います。 | どちらも日本語では「〜なので」と訳せて、理由を表す点も同じです。違いは後ろの節に来られる文の種類です。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は、-으므로 は文語や格式的な場面で後ろの節に命令文や勧誘文が来られるのに対し、-기 때문에 は後ろに命令文・勧誘文が来られないと示しています。訳が同じでも、後ろに「〜してください」を続けたいときは -기 때문에 を選べません。 |
| -은 나머지 と -다 못해 | ある状態や行動が行き過ぎた結果、そうなったと述べるなら -(으)ㄴ 나머지、我慢や辛抱が限界に達してそれ以上続けられず行動に出たと述べるなら -다 못해 を使います。 | どちらも日本語では「〜のあまり」「〜しきれず」と訳せ、感情が高まって行動に出る文で入れ替えられそうに見えます。ただし우리말샘は 나머지 の語義003を「((흔히 ‘-(더)ㄴ 나머지’ 구성으로 쓰여))어떤 일의 결과(ある事の結果)」と説明し、前の状態の結果として後ろが起きることを表します。一方「못하다」の語義006は「((주로 ‘-다(가) 못하여’ 구성으로 쓰여))앞말이 뜻하는 행동이나 상태가 극에 달해 그것을 더 이상 유지할 수 없음을 나타내는 말(前の行動や状態が極限に達し、それ以上維持できないこと)」です。前者は結果、後者は限界で続けられなくなることに重心があります。 |
| -다고 해서 と -다고 해도 | 「〜だからといって」と、ある事柄を理由や根拠として取り上げるなら -다고 해서、「〜だとしても」と、その事柄を認めたうえで後ろの内容は変わらないと言うなら -다고 해도 を使います。 | どちらも「〜と言っても」「〜だとしても」のように訳せるうえ、前に -다고 が付く形も同じなので、入れ替えられそうに見えます。違いは末尾の連結語尾です。우리말샘は -아서 の語義004を「이유나 근거를 나타내는 연결 어미(理由や根拠を表す連結語尾)」、-아도 の語義004を「가정이나 양보의 뜻을 나타내는 연결 어미(仮定や譲歩を表す連結語尾)」と説明します。-다고 해서 は「-다고 하다」に理由・根拠の -아서 が付いた形、-다고 해도 は譲歩の -아도 が付いた形です。前者は前の内容を理由として取り上げ、後者は前の内容を認めても後ろは変わらないと述べます。 |
意図・予定・決定
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -기로 하다 と -으려고 하다 | 約束・決定・決心として今後の行動を定めたなら -기로 하다、これから行うつもりという話し手自身の意図を述べるなら -(으)려고 하다 を使います。 | 『초급 한국어(쓰기) 교원용 지침서 개발 보고서』は -기로 하다 を約束・決定・決心を表す形と説明し、標準国語大辞典は -으려고 を「어떤 행동을 할 의도나 욕망을 가지고 있음을 나타내는 연결 어미(ある行動をする意図や欲望を持っていることを表す連結語尾)」と定義しています。前者は決めた・約束した後の表現、後者は意図の表明で、決定や約束までは表しません。 |
| -기로 하다 と -을 예정이다 | 自分や相手と決めた・約束した内容を述べるなら -기로 하다、すでに立てた計画や見込みを示すなら -(으)ㄹ 예정이다 を使います。 | 『초급 한국어(쓰기) 교원용 지침서 개발 보고서』は -기로 하다 を約束・決定・決心を表す形と説明し、標準国語大辞典は「예정」を「앞으로 일어날 일이나 해야 할 일을 미리 정하거나 생각함(これから起こることやすべきことを、あらかじめ決めたり考えたりすること)」と説明します。日本語ではどちらも「〜する予定」「〜することになった」と訳せますが、前者は決めた・約束したという行為に、後者はあらかじめ立てた計画そのものに重心があります。 |
| -기로 하다 と -게 되다 | 自分や相手が計画した・決めた・約束したことを述べるなら -기로 하다、外からの影響を受けてそういう結果や状態になったと述べるなら -게 되다 を使います。 | どちらも日本語では「〜することになった」と訳せる場面があり、混同しやすい組み合わせです。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は、-기로 하다 を「어떤 행위에 대하여 그렇게 할 것을 계획하거나 결정함을 나타낸다(ある行為についてそうすることを計画したり決定したりすることを表す)」、-게 되다 を「어떤 상황이 외부의 영향을 받아 어떠한 결과에 이르거나 상황이나 상태가 변화함을 나타낸다(ある状況が外部の影響を受けてある結果に至ったり、状況や状態が変化したりすることを表す)」と説明しています。前者は計画・決定・約束といった意志の側、後者は外部の影響による結果の側を表します。 |
| -을 거예요 と -을게요 | これからの予定や見通し、推測を述べるなら -(으)ㄹ 거예요、話し手がその場で自分の行動を決め、約束として相手に伝えるなら -(으)ㄹ게요 を使います。 | 日本語ではどちらも「〜します」と訳せるため、混同しやすい組み合わせです。標準国語大辞典は、「-ㄹ/을 것이다」の構成を「말하는 이의 전망이나 추측, 또는 주관적 소신 따위를 나타내는 말(話し手の展望や推測、または主観的な所信などを表す語)」と説明し、-ㄹ게を「어떤 행동에 대한 약속이나 의지를 나타내는 종결 어미(ある行動についての約束や意志を表す終結語尾)」と定義しています。-(으)ㄹ 거예요 は「거예요」が「것이에요」の形で、予定・展望・推測を述べます。-(으)ㄹ게요 は話し手自身の行動に限って、約束・意志として相手に伝えます。そのため、他の人や天気など話し手の行動でないことには -(으)ㄹ게요 は使えません。 |
| -을 예정이다 と -을 생각이다 | すでに立てた計画や見込みとして示すなら -(으)ㄹ 예정이다、自分が「〜しようと思う」と心に決めている考えとして述べるなら -(으)ㄹ 생각이다 を使います。 | どちらも日本語では「〜するつもりだ」「〜する予定だ」と訳せ、入れ替えられそうに見えます。標準国語大辞典は「예정」を「앞으로 일어날 일이나 해야 할 일을 미리 정하거나 생각함(これから起こることやすべきことを、あらかじめ決めたり考えたりすること)」と説明し、우리말샘は「생각」の語義004を「어떤 일을 하려고 마음을 먹음. 또는 그런 마음(ある事をしようと心に決めること。またはその心)」と説明します。前者はあらかじめ立てた計画そのものを示し、後者は話し手の心づもり・意向に重心があります。 |
条件・仮定
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -(으)면 と -으면 안 되다 | -(으)면 は条件を示し、-(으)면 안 되다 はその形全体で禁止・不許可を示します。後ろの 안 되다 まで読んで判断します。 | -면 まで読んで条件文だと決めつけ、後ろの 안 되다 を見落として禁止の文を「〜したら(どうなる)」と誤読する型の誤りが起きがちです。文末まで読んで判断します。 |
| -기만 하면 と -기만 해도 | その行為が成り立つことを後ろの結果の条件として置くなら -기만 하면、その行為だけでも後ろの結果が生じるという十分さを言うなら -기만 해도 を選びます。 | 二つの形の違いは 하면 と 해도 の部分だけです。標準国語大辞典は -(으)면 を「不確実な、またはまだ実現していない事実を仮定して言うときに使う連結語尾」、-아/어도 を「仮定や譲歩の意を表す連結語尾」と説明しています。条件として置いているのか、それだけでも足りると譲っているのかで選びます。 |
| -에 따라 と -느냐에 따라 | 曜日・数量・区分などの名詞を基準としてそのまま置くなら -에 따라、何か・誰か・どのようにするかを問う節を基準にするなら -(으)냐에 따라 を使います。 | 「어떻게 복습하에 따라」のように、動詞の語幹へ 에 따라 を直接付けてしまう誤りが起きがちです。에 따라 は名詞を基準にする形なので、方法を問う節を基準にするときは -느냐에 따라 にします。基準が名詞か節かを先に見分けます。 |
| -아야 と -어야만 | 後件に必要な条件を示すなら -아/어야、同じ必要条件を「その条件に限る」と強く際立たせるなら -아/어야만 を使います。 | -아/어야만 は別の条件関係ではありません。国立国語院の教材は、-아/어야 に助詞 만 が結び付き、意味を強調する形だと説明しています。標準国語大辞典は「-어야」を「앞 절의 일이 뒤 절 일의 조건임을 나타내는 연결 어미(前の節の事柄が後ろの節の事柄の条件であることを示す連結語尾)」と定義しており、この条件の意味が -아/어야만 の土台です。 |
| -으면 되다 と -어야 하다 | 目的のためにその行動をすれば十分だと案内するなら -(으)면 되다、規則や状況からその行動が必要だと明示するなら -아/어야 하다 を使います。 | -(으)면 되다 は「それで足りる」という手段案内、-아/어야 하다 は義務・必要性の明示です。同じ行動でも、どちらを伝えるかで選びます。 |
| -(으)면 と -아야 | ある条件が成り立つ場合の結果を述べるなら -(으)면、後件のために前件が必ず必要だと示すなら -아/어야 を使います。 | -(으)면 は一般的な条件・仮定を示します。-아/어야 は前件なしでは後件が実現しない必要条件を示すため、条件の強さが異なります。 |
| -에 의하면 と -에 따라 | 後ろに述べる情報の出所を示すなら -에 의하면、前の条件・基準・区分に応じて後ろの結果が変わることを示すなら -에 따라 を使います。 | -에 의하면 の前は、報告・予報・資料など、後ろの内容を知る根拠です。-에 따라 の前は、後ろの結果を分ける条件・基準であり、情報源を示す形ではありません。 |
| -는 한 と -는 이상 | 状態や条件が続く範囲内で判断や結果も続くと述べるなら -는 한、すでに成立した事実を前提として、それに伴う当然の判断や責任を述べるなら -는 이상 を使います。 | 표준국어대사전は名詞「한」義項4を「(주로 ‘-는 한’ 구성으로 쓰여) 조건의 뜻을 나타내는 말(主に『-는 한』の構成で使われ、条件の意味を示す語)」、名詞「이상」の義項3を「((‘-은’, ‘-는’ 뒤에 쓰여)) 이미 그렇게 된 바에는(『-은』『-는』の後に使われ、すでにそうなった以上(からには))」と定義しています。「-는 한」は、ある状態が続く間という範囲を条件にします。一方「-는 이상」は、すでに成立した事実を前提にして、そこから当然出てくる判断や責任を述べます。 |
| -는 셈이다 と -는 셈 치다 | 実際の状況を別の基準で捉え直した結果や形勢を述べるなら -는/은 셈이다、実際とは異なることを承知のうえでそうだと見なして受け入れるなら -는/은/을 셈 치다 を使います。 | 標準国語大辞典は依存名詞「셈」の義項を分けて説明しており、「-은/는 셈이다」の構成は「어떤 형편이나 결과를 나타내는 말(ある形勢や結果を表す言葉)」、「-은/는/을 셈 치다」の構成は「미루어 가정함을 나타내는 말(推し量って仮定することを表す言葉)」としています。同じ「셈」でも、実際に成立している状況をどう評価するかを述べるのか、実際とは違うことを仮に受け入れるのかで語義が分かれます。 |
| -거든 と -거든요 | 前の内容が事実なら、という条件を示して後ろに命令・依頼・提案を続けるなら -거든、聞き手がまだ知らない内容を教える終結語尾として文を言い切るなら -거든요(해体の終結語尾 -거든 に丁寧化の 요 を付けた形)を使います。 | 同じ 거든 という形でも、後ろに命令・依頼・提案の内容が続く連結語尾(条件)なのか、そこで文が終わる終結語尾(理由説明)なのかで役割がまったく違います。 |
| -으려면 と -(으)면 | 「〜するには」と、自分や相手が何かを実現する目的を前提にして必要なことを述べるなら -(으)려면、目的に限らず「〜すれば・〜なら」と条件や仮定を置くなら -(으)면 を使います。 | どちらも日本語では「〜なら」「〜すれば」と訳せることがあり、形も似ています。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-으려고 を「뒤 절의 행동을 하는 의도나 목적을 나타낸다」と説明し、-으면 を「뒤 절의 내용에 대한 조건이나 가정을 나타낸다」と説明しています。-(으)려면 は意図・目的を表す -(으)려고 に -(으)면 が付いた形に当たるため、前の節に「そうしたい・そうなりたい」という目的が置かれ、後ろの節にそのために必要なことが来る形が基本です。-(으)면 は目的を前提にせず、起きる場合の結果を述べます。-(으)려면 の項目は韓国語教授学習支援センターに独立してありませんが、-어야 되다 の項目の例文では、-(으)려면 が目的のあとに必要な行動を続ける形で使われています。 |
| -다가는 と -(으)면 | 今の行動を続けた先に悪い結果が出ることを警告するなら -다가는、結果の良し悪しを問わず条件や仮定を述べるなら -(으)면 を使います。 | どちらも日本語では「〜すると」「〜していると」と訳せますが、-다가는 は前の行動が続いていることが前提で、後ろに悪い結果が来る警告に聞こえます。国立国語院 標準国語大辞典は -다가는 を、ある事をする過程が別の事が起こる原因や根拠になることを表す語尾とし、前の節の事が続くと悪い結果が生じるという意味が暗示されると説明しています。一方、国立国語院 韓国語教授学習支援センターは -(으)면 を、後ろの節の内容に対する条件や仮定を表す語尾と説明していて、結果が良いか悪いかには制限がありません。そのため、良い結果を言いたい文に -다가는 を使うと、警告のような響きになります。 |
譲歩・逆接・対比
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -더라도 と -음에도 불구하고 | まだ起きていない不利な条件を仮定しても結論が変わらないなら -더라도、既に成立した事実に反する結果を示すなら -음에도 불구하고 を使います。 | -음에도 불구하고 は、「고급 위스키임에도 불구하고 완판됐다」のように、既に起きた事実や確認された状態を前に置く形で使います。まだ起きていない仮定を言う場面では、仮定・譲歩を表す -더라도 を選びます。 |
| -아도 と -더라도 | 現実的にありうる一般的な条件を認めても結論が変わらないと述べるなら -아/어도、望ましくない仮定や強い仮定を認めても結論が変わらないと強調するなら -더라도 を使います。 | 国立国語院 온라인가나다の回答「'-아/어도'와 '-더라도'의 차이」は、-더라도 が -아/어도 より意味が強く、後ろの節の時制にも違いが出ると説明しています。-아/어도 は後ろの節が過去・現在・未来のどれでも使えますが、-더라도 は後ろの節が過去形だと不自然になります。 |
| -기는 하지만 と -기는 해도 | 前の事実を認めたうえで後ろに対照的な内容を続けるなら -기는 하지만、前の内容を認めても後ろの制限・反対の評価が残ることを示すなら -기는 해도 を使います。 | どちらも前の内容を認める譲歩表現で、同じ場面で近い意味になることがあります。-기는 하지만 は対照、-기는 해도 は認めてもなお残る制限・反対面に焦点を置きます。 |
| -기는커녕 と -기는 하지만 | 前の内容をいったん認めたうえで対照的な内容を続けるなら -기는 하지만、期待した内容自体が成り立たず、それより低い段階の内容も成り立たないと否定するなら -기는커녕 を使います。 | どちらも「-기는」という同じ形を含むため紛らわしく見えますが、標準国語大辞典は補助詞「커녕」を「어떤 사실을 부정하는 것은 물론 그보다 덜하거나 못한 것까지 부정하는 뜻을 나타내는 보조사(ある事実を否定するのは無論、それより劣ったり及ばなかったりする内容まで否定する意を表す補助詞)」と定義しています。-기는 하지만 は前の内容をいったん事実として認めますが、-기는커녕 は前の内容自体を認めず、期待よりさらに低い段階まで否定を続けます。 |
| -는데도 と -어도 | すでにある事実を前提に、予想と違う結果になったことを強調するなら -는데도、事実に限らず「たとえ〜しても」という仮定も含めて、期待どおりにならないことを言うなら -아/어도 を使います。 | どちらも日本語では「〜のに」「〜ても」と訳せるため、訳だけでは選べません。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は、-어도 を「사실이나 가정에 대해 기대하는 것이 뒤 절에서 어긋남(事実や仮定について期待することが後ろの節でずれること)」を表す語尾と説明しており、仮定も扱える形です。-는데도 は、-는데 に助詞 도 が付いて意味が強調された形です。-는데 は「앞 절은 뒤 절의 배경 상황이 되며(前の節が後ろの節の背景になり)」対立する内容を続ける形と説明されています。そのため -는데도 は、前に実際の状況や事実を置く文に向き、まだ起きていないことを仮に置く文には向きません。 |
| -는데 と -지만 | 後ろで説明・質問・依頼・提案をするために、関係する状況を先に出すなら -는데、前の事実に反する内容を続けるなら -지만 を使います。 | どちらも日本語では「〜が」と訳せることがあり、訳だけでは選べません。後ろの節が前の内容と食い違うか、それとも前の内容が後ろの話の前置き(状況)になっているかで見分けます。 |
| -고도 と -지만 | 前の内容と反対の内容が後ろに来る逆接なら、-고도 も -지만 も使えます。前の内容と似た別の特徴を後ろに足して強調するなら -고도 だけが使え、-지만 は使えません。 | 国立国語院の資料は、-고도 を「앞 절의 내용과 반대 되거나 앞 절의 내용과 유사한 다른 특성이 있음을 나타내는 연결어미(前の節と反対、または前の節と似た別の特性があることを表す連結語尾)」と説明しています。-지만 は逆接を表す語尾で、同じ資料に「앞 절의 내용과 유사한 내용이 뒤 절에 이어질 수 없다」とあります。そのため「-지만 は日本語の『が・けれど』」とだけ覚えると、「勤勉でもあり誠実でもある」のように特徴を足す文で -지만 を選んでしまいます。また -고도 には、前後の主語(または話題)が同じであること、-았/었- ・-겠- と結べないこと、後ろに命令文・勧誘文が来られないことという制約があります。 |
| -는 반면에 と -지만 | 前後の内容が正反対であることを対比して述べるなら -는 반면에、逆接に加えて過去・推量の形や追加情報の文にも使うなら -지만 を選びます。-는 반면에 は過去の -았/었- と推量の -겠- を前に付けられません。 | 国立国語院の資料は、-는 반면에 を「앞 절의 내용이 뒤 절의 내용과 서로 상반됨을 나타낸다(前の節の内容が後ろの節の内容と互いに反対であることを表す)」と説明しています。日本語の「〜のに対して」「〜一方」と訳せるため -지만 と同じ感覚で使いやすい一方、同じ資料の制約情報に「과거 ‘-었-’, 미래·추측의 ‘-겠-’과 결합하지 않는다」とあります。-았/었- を直接付けた形(잤는 반면에)は不可で、資料は 자는/잔 반면에 のように形を直した文を正しい例として示しています。-겠- を使いたい推量の文は、-지만 に替えるのが確実です。 |
| -기는 하다 と -기만 하다 | その行為は一応したと認めたうえで、後ろに不満や但し書きを続けるなら -기는 하다、その行為だけをして他のことはしていない、またはそれしかしないと言うなら -기만 하다 を選びます。 | どちらも動詞の語幹に -기 を付けて 하다 で受ける形なので、見た目は 는 と 만 の一字違いです。標準国語大辞典は 는 を「어떤 대상이 다른 것과 대조됨을 나타내는 보조사(ある対象が他のものと対照されることを表す助詞)」とし、우리말샘は 만 を「다른 것으로부터 제한하여 어느 것을 한정함을 나타내는 보조사(他のものから切り離して、あるものに限定することを表す助詞)」としています。는 は「したことは認める」という対照、만 は「それだけ」という限定です。 |
推測・可能性
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -(으)ㄹ 텐데 と -(으)ㄹ 테니 | -(으)ㄹ 텐데 は予想を後続発話の背景にし、-(으)ㄹ 테니 は話し手の意志または強い推測を後続内容の根拠にします。 | どちらも「〜だろうから」と訳せるため、自分の意志を根拠に相手を安心させる文で 텐데 を選んでしまう誤りが起きがちです。背景としての予想か、意志・見込みを根拠にした働きかけかを見分けます。 |
| -나 보다 と -는 모양이다 | -나 보다 は非格式的な会話でよく使われ、確信はやや弱いものの驚きや疑いの気持ちを伴いやすい表現です。-는 모양이다 は格式的な文章でよく使われ、確信の度合いが強く、淡々とした態度で推測を述べる表現です。 | 根拠の有無だけでなく、話し言葉か書き言葉かという場面(格式性)、驚きを伴うか淡々と述べるかという語調の違いを確認します。-나 보다 は話し手自身が直接経験した事実には使えない点も確認します。 |
| -나 보다 と -는 듯하다 | 見聞きした状況を根拠に推測するなら -나 보다、観察した様子を根拠にするほか、話し手の主観的で控えめな判断を述べるなら -는 듯하다 を使います。 | -나 보다 は推測の根拠がある場合に使います。-는 듯하다 も観察を根拠にできますが、내 생각에는(私の考えでは)のような主観的判断を自信なく述べる場面にも使えます。 |
| -나 보다 と -나 싶다 | 見た目や状況から他者について確信を持って推測するなら -나 보다、話し手自身のことについて確信が持てず控えめに考えるなら -나 싶다 を使います。 | 主語による使い分けを確認します。-나 보다 は話し手自身が直接経験した事実には使わず、-나 싶다 は話し手自身の考えを控えめに述べるときによく使われます。 |
| -을 리가 없다 と -을 턱이 없다 | 既知の事実や情報を根拠に「論理的にそうなる理由がない」と判断するときは -을 리가 없다、常識に照らして「そうなって当然と言える理由がない」と判断するときは -을 턱이 없다 を使います。 | 표준국어대사전は依存名詞「리(理)」を「'까닭', '이치'의 뜻을 나타내는 말(「理由」「道理」の意味を表す語)」、依存名詞「턱」を「마땅히 그리하여야 할 까닭이나 이치(当然そうであるべき理由や道理)」と定義しています。両者は多くの文脈で置き換え可能ですが、턱 の定義だけに「마땅히(当然)」という要素が明示されているため、常識に照らして『当然そうなるはずがない』と述べる場面では 턱이 없다 が、具体的な根拠から『そうなる理由が無い』と論理的に述べる場面では 리가 없다 がより自然に選ばれます。 |
| -을 법하다 と -을 성싶다 | 状況が実際にある、または起こる可能性を根拠に基づいて判断するときは -을 법하다、話し手自身がその状態をある程度感じたり推し量ったりする主観的な印象を述べるときは -을 성싶다 を使います。 | どちらも確信のない推測を表しますが、-을 법하다 は状況そのものの実在・発生可能性についての判断です。一方 -을 성싶다 は国立国語院 우리말샘 が「동사나 형용사의 관형사형 뒤에 쓰여 앞말이 뜻하는 상태를 어느 정도 느끼고 있거나 짐작함을 나타내는 말」と定義するとおり、話し手が感じる主観的な感覚に重心があります。 |
| -는 듯하다 と -을 듯하다 | 今観察できる様子や状態を根拠に推測するなら -는 듯하다、まだ起きていない出来事を目に見える兆候から近い将来のこととして推測するなら -(으)ㄹ 듯하다 を使います。 | 듯하다 自体は根拠のある推測を表す言葉で、どちらの文にも使えます。違いを決めるのは前に付く形(-는/-(으)ㄹ)で、すでにある状況の様子を推測するのか、まだ起きていない近い未来の出来事を兆候から見込むのかを確認します。 |
| -을 만하다 と -을 법하다 | その行動をするだけの妥当な理由や価値がある対象だと評価するなら -을 만하다、前に来る状況が実際にある、または起こる可能性があると見込みを述べるなら -을 법하다 を使います。 | どちらも用言(動詞・形容詞)の語幹に -(으)ㄹ が付いて「〜に値する」「〜してもおかしくない」のように日本語に訳せる場面があり、混同しやすい組み合わせです。標準国語大辞典は、보조 형용사 만하다 の義項1を「어떤 대상이 앞말이 뜻하는 행동을 할 타당한 이유를 가질 정도로 가치가 있음을 나타내는 말(ある対象が、前の語が表す行動をする妥当な理由を持つほど価値があることを表す言葉)」、보조 형용사 법하다 を「앞말이 뜻하는 상황이 실제 있거나 발생할 가능성이 있음을 나타내는 말(前の語が表す状況が実際にある、または起こる可能性があることを表す言葉)」と定義しています。만하다 は対象の価値を評価する言い方で、법하다 は状況の実在・発生の可能性を見込む言い方です。なお同辞典は 만하다 に、그는 차를 살 만한 형편이 못 된다 のように「앞말이 뜻하는 행동을 하는 것이 가능함」を表す義項2も挙げていますが、この比較では価値を評価する義項1を扱います。 |
| -는 것 같다 と -을 것 같다 | いま起きていると推測するなら -는 것 같다(形容詞などは -(으)ㄴ 것 같다)、これから起きると推測するなら -(으)ㄹ 것 같다、過去のことの推測なら動詞は -(으)ㄴ 것 같다、形容詞も使うなら -았/었을 것 같다 を選びます。 | どれも日本語では「〜ようだ」「〜みたいだ」と訳せるため、訳だけでは選べません。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-을/ㄹ 것 같다 は未来の推測、-는/은/ㄴ 것 같다 は現在の推測、-은/ㄴ 것 같다 と -았/었을 것 같다 は過去の推測を表すと整理しています。見分ける目印は、推測する内容の時点(いま・これから・過去)です。また、過去の推測の -은 것 같다 は動詞とだけ結びつき、形容詞では -았/었을 것 같다 を使うと説明しています。 |
| -어 보이다 と -나 보다 | 目に見える外見や様子がどう見えるかを言うなら -아/어 보이다、聞いたり見たりした状況から、目に見えない行動や状態を推し量るなら -나 보다 を使います。 | どちらも日本語では「〜ようだ」「〜そうだ」と訳せるため、同じ推測表現に見えます。しかし国立国語院の辞典は、両者の語釈が違います。우리말샘は 보이다 に「‘-아/어 보이다’ 구성으로 쓰이기도 한다」と添えて「대상이 평가되다(対象が評価される)」と説明し、見た目で評価される意味を示しています。一方、標準国語大辞典は 보다 の補助形容詞を「‘-은가/는가/나 보다’ 구성으로 쓰여」「앞말이 뜻하는 행동이나 상태를 추측하거나 어렴풋이 인식하고 있음(前の行動や状態を推測したり、ぼんやり認識していること)」と説明します。辞典が挙げる例文「열차가 도착했나 보다」「그 사람이 인기가 많은가 보다」は、どちらも目の前の様子ではなく、行動や状態を推し量る文です。見た目の印象は -아/어 보이다、見えない事柄の推し量りは -나 보다、と分けて考えるのが目安です。 |
目的・意図
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고자 と -으러(-러) | -고자 は話し手の意図・目的を示し、-(으)러 は移動動詞と結び付いて移動の目的を示します。後ろの動詞が 가다・오다 などかで選びます。 | 資料を整理するような移動のない行為に -(으)러 を付けてしまう誤りが起きがちです。後ろが 가다・오다 などの移動動詞かを確認し、移動がない目的には -(으)러 を選ばないようにします。 |
| -도록 と -기 위해서 | 後ろの節と主語が違ってもよい目的なら -도록、前後の節の主語が同じ、はっきりした目的を示すなら -기 위해서 を使います。 | 標準国語大辞典は -도록 を「앞의 내용이 뒤에서 가리키는 사태의 목적이나 결과, 방식, 정도 따위가 됨을 나타내는 연결 어미(前の内容が後ろで指す事態の目的や結果、方式、程度になることを示す連結語尾)」と定義しています。国立国語院 우리말샘は 위하다 を「어떤 목적을 이루려고 하다(ある目的を成し遂げようとする)」と定義しており、-기 위해서 はこの위하다を使って行動を明確な目的として述べるため、前後の節の主語が同じ場面に限られます。-도록 は目的だけでなく結果・方式・程度も表す幅の広い語尾で、主語が前後で違う場面でも使えます。 |
| -을 겸 と -는 김에 | 一つの行動で二つ以上の目的や動作を初めから併せ持つと示すなら -을 겸、すでに始めている行動の機会・弾みを生かして、別の行動も付け足すなら -는 김에 を使います。 | 標準国語大辞典は依存名詞「겸」を「두 가지 이상의 동작이나 행위를 아울러 함을 나타내는 말(二つ以上の動作や行為を併せ行うことを表す言葉)」、依存名詞「김」を「(주로 '-은/는 김에' 구성으로 쓰여) 어떤 일의 기회나 계기(ある事の機会や契機)」と定義しています。겸は複数の目的・動作を対等に並べて示す語であるのに対し、김에は先行する行動を機会・きっかけとして位置づけ、そこに別の行動を付け加える点で異なります。 |
| -(으)려고 と -으려고 하다 | 後ろにまだ別の行動を続けて目的を示すだけなら -(으)려고、その意図を述べてそれ自体で文を終えるなら -(으)려고 하다 を使います。 | 標準国語大辞典は -으려고 を「어떤 행동을 할 의도나 욕망을 가지고 있음을 나타내는 연결 어미(ある行動をする意図や欲望を持っていることを表す連結語尾)」と定義しています。連結語尾なので -(으)려고 だけでは文を終えられず、必ず後ろに別の行動を表す節が続きます。-(으)려고 하다 はこの語尾に動詞「하다」が付いた形で、それ自体が文末に置ける述語になります。 |
| -어야겠- と -을 거예요 | 話し手が「必ずそうする」とはっきり決めた気持ちを、主に話し言葉で言うなら -아/어야겠-、予定や見通し、推測を述べるなら -(으)ㄹ 거예요 を使います。 | どちらも日本語では「〜するつもりです」「〜します」と訳せるため、迷いやすい組み合わせです。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は -어야겠- を、話し手が何かをするという強い意志を表す表現(動詞に付き、主に話し言葉)と説明し、-을 것이다 より強く確固とした意志を表すとしています。また -어야겠- は動詞にだけ付き、形容詞とは結合せず、過去の -었- とも結合しません。「必ずそうしよう」という決意でなく、単なる予定を述べたいときは -(으)ㄹ 거예요 が合います。 |
| -으러(-러) と -(으)려고 | 後ろが 가다・오다・다니다 などの移動の動詞なら -(으)러 も -(으)려고 も使えます。後ろが移動の動詞でないなら -(으)려고 だけ、後ろが命令・勧誘の文なら -(으)러 だけが使えます。 | 国立国語院の資料は、-(으)러 を「이동의 목적(移動の目的)」、-(으)려고 を「의도나 목적(意図や目的)」と説明し、どちらも「目的」と訳せる点が混乱のもとになります。しかし同じ資料の類似文法の欄では、-(으)러 は文の最後に 가다・오다・다니다 などの移動の動詞だけを使え、前に移動の動詞を置けず、後ろに命令・勧誘の文を置けます。-(으)려고 は後ろの動詞に制限がなく、前に移動の動詞を置け、後ろに命令・勧誘の文は置けません。さらに -(으)러 は、その直前の動作を安・-지 않- で否定できません(文末の動詞を否定する形は使えます)。-(으)려고 には、この制限は書かれていません。つまり「목적=-으러」と決めずに、後ろの動詞と文末の形を見て選びます。 |
| -게끔 と -도록 | 後ろの行為の目的・結果・方法・程度を表す点は同じです。-게 を強めて「そうなるように」と意図を際立たせたいなら -게끔、後ろに 은・도・까지 などの助詞を続ける可能性もある一般的な形としては -도록 を選びます。 | 標準国語大辞典は、-게끔 と -도록 のどちらも「앞의 내용이 뒤에서 가리키는 사태의 목적이나 결과, 방식, 정도 따위가 됨을 나타내는 연결 어미(前の内容が、後ろの出来事の目的・結果・方式・程度などになることを表す連結語尾)」と説明しています。違いとして辞書に書かれているのは、-게끔 は「-게보다 강조된 의미」を表すこと、-도록 は後ろに「은・도・까지」などの助詞が付けられることです。意味の大きな差を探すと、辞書にない使い分けを作ってしまいます。 |
義務・必要・許可・禁止
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -어야 되다 と -을 필요가 있다 | どちらも義務・必要を表しますが、-아/어야 되다 は日常会話でよく使う直接的な当為表現、-을 필요가 있다 は名詞「필요(必要)」を使って「〜する必要がある」と明示的に述べる、より形式ばった言い方です。 | 意味はほぼ同じですが、接続の形が違います。-아/어야 되다 は動詞に -아야/-어야 が付き、-을 필요가 있다 は動詞に冠形形 -(으)ㄹ が付いたうえで「필요가 있다」が続きます。改まった文書か日常会話かでどちらが自然かも変わります。 |
| -으면 안 되다 と -어서는 안 되다 | どちらも許可されない行為を禁止します。規則や状況でしてはいけないことを一般に述べるなら -(으)면 안 되다、禁止をより強く打ち出すなら -아/어서는 안 되다 を使います。 | 語尾の 안 되다 は共通です。-아/어서는 안 되다 は -아/어서 に 는 が加わった形で、禁止を強く示す表現として扱います。 |
| -을 필요가 없다 と -지 않아도 되다 | 状況からその行動の必要性がないことを明示するなら -(으)ㄹ 필요가 없다、しなくても許容されることを案内するなら -지 않아도 되다 を使います。 | どちらも行動が必須ではないことを表しますが、-지 않아도 되다 を「しないでください」の禁止と取り違える誤りが起きがちです。-(으)ㄹ 필요가 없다 は名詞 필요を使って非必要性を明示し、-지 않아도 되다 は省略してもかまわないという許容を表します。 |
| -어도 되다 と -어야 하다 | その行動をしてもよいという許可を伝えるなら -아/어도 되다、その行動が必須・義務であることを伝えるなら -아/어야 하다 を使います。 | 国立国語院 우리말샘は 되다 の許可・可能の意味を「어떤 일이 가능하거나 허락될 수 있음을 나타내는 말」と定義しており、-아/어도 되다はあくまで「してもよい」という許可です。必ずそうする必要があるという義務までは含まないため、規則や必要性を伝えたい場面では-아/어야 하다に切り替えます。 |
| -지 마세요 と -으면 안 되다 | 目の前の相手にその行動をしないよう求めるなら -지 마세요、規則や状況から許されない行為だと示すなら -(으)면 안 돼요 を使います。 | 標準国語大辞典は 말다 の補助動詞を「-지 말다」の構成で「앞말이 뜻하는 행동을 하지 못하게 함을 나타내는 말(前の言葉が表す行動をさせないことを表す言葉)」と説明します。一方、国立国語院 韓国語教授学習支援センターは -(으)면 안 되다 を「어떤 행위를 하지 못하게 하거나 어떤 상태가 되는 것을 금지함을 서술」する表現と説明します。日本語ではどちらも「〜してはいけません」と訳せますが、前者は相手への働きかけ、後者は許されない行為の提示という違いで選びます。 |
可能・不可能・不可避
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| 안 と 못 | 一般的な否定(〜しない)には 안、能力や事情によりできない場合(〜できない)は 못 を使います。意味は「しない」と「できない」で分かれます。 | 動作動詞では、日本語訳が「〜しない」か「〜できない」かで確かめます。意志でしないのか、能力や事情で実行できないのかを文脈から読みます。 |
| -을 수 없다 と -을 수밖에 없다 | 実行する能力や状況が無くてできないなら -을 수 없다、他に選べる方法が無く仕方なくその行動を選ぶなら -을 수밖에 없다 を使います。 | 표준국어대사전は依存名詞「수」を「어떤 일을 할 만한 능력이나 어떤 일이 일어날 가능성(ある事を行う能力、またはある事が起こる可能性)」、補助詞「밖에」を「'그것 말고는'(それ以外は)の意味を表す보조사。主に後ろに否定を伴う」と定義しています。-을 수 없다 は能力・可能性そのものの否定、-을 수밖에 없다 はそこに「밖에」が加わることで「その方法以外に無い」という他の選択肢の不在を表すため、単に実行できない場面と、他に道が無く仕方なく選ぶ場面を混同しません。 |
| -(으)ㄹ 수 있다 と -(으)ㄹ 수도 있다 | その行為ができる、または能力があることを直接述べるなら -(으)ㄹ 수 있다、ほかにも取りうる方法がある中でその一つとして成り立つ可能性を示すなら -(으)ㄹ 수도 있다 を使います。 | 国立国語院 우리말샘は의존명사「수」を「어떤 일을 할 만한 능력이나 어떤 일이 일어날 가능성(ある事を行うだけの能力、またはある事が起こる可能性)」と定義しています。また、보조사「도」を「이미 어떤 것이 포함되고 그 위에 더함의 뜻을 나타내는 보조사(すでに何かが含まれていて、その上に加えることを表す補助詞)」と定義しています。「수」だけならその行為ができる可能性・能力を直接示しますが、「도」が加わると、ほかにも成り立つ事柄がある中へこの可能性を追加して示す形になります。 |
| -을 수 있다 と -어도 되다 | 自分や対象の能力・状況によってその行動ができるなら -(으)ㄹ 수 있다、その行動をしてよいかという許可を尋ねる・与えるなら -아/어도 되다 を使います。 | 国立国語院 우리말샘は依存名詞「수」を능력이나 가능성を表す語と定義し、되다の許可・可能義は가능하거나 허락될 수 있음と定義しています。能力があるかを聞きたいのか、規則や相手の意向として許されるかを聞きたいのかを区別します。 |
| -(으)ㄹ 줄 알다 と -을 수 있다 | そのやり方を知っている・身につけていることを言うなら -(으)ㄹ 줄 알다、能力に加えて、その時の状況によってできる・起こり得るという可能性まで言えるのが -(으)ㄹ 수 있다 です。 | 標準国語大辞典と国立国語院 우리말샘は依存名詞「줄」を「어떤 방법, 사실, 셈속 따위를 나타내는 말(ある方法・事実・心づもりなどを表す語)」と定義し、우리말샘は依存名詞「수」を「어떤 일을 할 만한 능력이나 어떤 일이 일어날 가능성(ある事をするに足る能力や、ある事が起こる可能性)」と定義しています。日本語ではどちらも「〜できる」と訳せますが、-(으)ㄹ 줄 알다 は『方法を知っている』という意味が土台なので、時間がある・道具があるといった状況上の可能には -(으)ㄹ 수 있다 を使います。 |
| -(으)ㄹ 줄 알다 と 予想の -(으)ㄹ 줄 알다 | 「作り方・やり方を知っている」と言うなら -(으)ㄹ 줄 알다、「ある事実を知っていた・そうだと思っていた」と言うなら -는 줄 알았다(形容詞は -(으)ㄴ 줄、未来は -(으)ㄹ 줄)を使います。 | どちらも「줄 알다」という同じ形なので、日本語の「〜できる」と「〜と思っていた」の両方に訳せることが混乱のもとです。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は「-는 줄」を「어떤 사실이나 방법에 대해 알거나 모른다는 의미를 나타낸다(ある事実や方法について知っている、または知らないという意味を表す)」とし、「방법의 의미일 때는 ‘-을 줄’의 형태로 사용된다(方法の意味のときは「-을 줄」の形で使う)」と説明しています。つまり方法を言うときは -(으)ㄹ 줄 の形で使い、事実を言うときは時制に応じて -는 줄・-(으)ㄴ 줄・-(으)ㄹ 줄 を使い分けます(-(으)ㄹ 줄 は未来の事実にも使われます)。対話例でも「오늘 도서관 문을 여는 줄 알았어」は、相手に「오늘 도서관 쉬는데」と言われる場面で使われています。 |
| 못 と -을 수 없다 | 能力がなくてできない、とだけ言うなら 못(-지 못하다)、能力の有無に加えて、できる状況かどうか、あえてしないという含みまで広く言うなら -(으)ㄹ 수 없다 を使います。 | どちらも日本語の「〜できない」と訳せるため、入れ替えてよいと考えがちです。国立国語院は、-을 수 없다 は能力がない場合のほか、能力はあっても意図的にしない、または話せる状況ではない場合にも使えるとしています。一方 -지 못하다 は能力がないことだけを表すと説明しています。また -지 못하다 は、テレビが「켜지다」のように能力や意志と関係のない動詞や、「실패하다」のように望まない結果の動詞とは結び付きにくく、命令文・勧誘文には使えません。-을 수 있다 の否定は、-을 수 있지 않아요 や 안 -을 수 있어요 ではなく、反意表現の -을 수 없다 を使います。 |
時間・順序
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고 と -지만 | 動作や状態を並べる・順に述べるなら -고、前の内容と後ろの内容が逆接・対立になるなら -지만 を使います。 | 父と母の別々の状況を並べる文に -지만 を付けて、対照や逆接のように聞こえさせてしまう誤りが起きがちです。節が並んでいるだけで食い違いはないのに -지만 を選ばず、「〜だが」と訳せるかを先に確かめます。 |
| -고 と -은 다음에 | -고 は広く並列・順序を結び、-은 다음에 は先の動作完了後という順序を明示します。完了の前後関係を強く示したいかで選びます。 | 標準国語大辞典は「다음」を「어떤 차례의 바로 뒤(ある順序のすぐ後)」と定義しています。-은 다음에 はこの「다음」を使って前の動作が完了した直後という順序を明示しますが、-고 はそこまで強く完了を示さず、動作を緩やかに結ぶだけです。完了の前後関係を強く示す必要があるかで使い分けます。 |
| -는 대로 と -은 다음에 | -는 대로 は前の行為が成立した直後に後ろを実行することを示し、-은 다음에 は前の行為の完了後という順序を示します。 | どちらも「〜したら」と訳せるため、順序だけを言いたいのに 는 대로 を使って「すぐ」の意味まで添えてしまう誤りが起きがちです。直後と言いたいのか、完了後の順序だけなのかを確認します。 |
| -는 동안 と -는 사이에 | 動作・状態が続く期間全体を背景として述べるなら -는 동안、その間に起きた出来事をごく短い合間として述べるなら -는 사이에 を使います。 | 依存名詞「동안」は、国立国語院 우리말샘で「ある時点から別の時点までの時間の長さ」と定義されています。期間の長さを問わず使える語です。一方、国立国語院『韓国語教育文法・表現内容開発研究(3段階)』は、-는 사이에 を「ある状態や行為の途中にある短い時間」を表す形と説明しています。長く意図的に続く期間全体を言うときは -는 동안 を選びます。 |
| -자마자 と -는 대로 | 先の動作が終わった直後に次の動作を続けるなら -자마자、依存名詞 대로 に現在連体形 -는 を付けて「その状態や行動が現れるその即時」を表すなら -는 대로 を使います。 | 대로 には基準どおりという様態の意味もあるため、-는 대로 を見た瞬間に必ず様態の意味だと決めつけず、この即時性の意味(어떤 상태나 행동이 나타나는 그 즉시)と区別します。 |
| -기 전에 と -고 나서 | 基準となる動作より前のことを言うなら -기 전에、基準となる動作が終わった後のことを言うなら -고 나서 を使います。どちらの動作が先に起きるかで選びます。 | 「寝る前に歯を磨く」を 자고 나서 と言うなど、-기 전에 と -고 나서 を取り違えて順序が逆になる誤りが起きがちです。基準になる動作が前件・後件のどちらかを必ず確認します。 |
| -다가 と -았다가 | 前の動作の途中でやめて別の動作に移るなら -다가、前の動作をすっかり終えたあとで、その結果を元に戻すような別の動作をするなら -았/었다가 を使います。 | -았/었다가 は -다가 の過去形ではありません。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-다가 を「前の節の行為や状態が完全に終わらず進行している途中で、後ろの節の別の行為に変わる」ときに使う語尾と説明します。一方、-다가 は過去の -었- と結びつくことができますが、-었다가 は -다가 の過去形ではなく、前の節の行動がすべて終わった後で後ろの節の行動をすることを表し、-다가 とは別の意味を持つと説明しています。日本語では「〜していて」「〜してから」と訳が似るため、前の動作が終わっているかどうかで見分けます。 |
変化・進行・状態の継続
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -어 놓다 と -어 두다 | 行動を終え、その結果の状態を保っていることを述べるなら -아/어 놓다 と -아/어 두다 のどちらも使えます。後で必要な別の行為に備えて済ませたことをはっきり示すなら、主に -아/어 두다 を選びます。 | -아/어 놓다 を「結果維持だけ」、-아/어 두다 を「準備だけ」と完全に分けません。国立国語院は両方に「行動を終え、その結果を維持する」という共通点があると説明しています。 |
| -더니 と -았더니 | 過去に見聞きした状態が、その後変化したことをつなぐなら -더니、自分がある行動をした結果、新しい事実に気づいたことを表すなら -았/었더니 を選びます。 | 標準国語大辞典は接続語尾「더니」を「과거의 사태나 행동에 뒤이어 일어난 상황을 이어 주는 연결 어미. 주로 앞 절의 내용이 뒤 절의 원인이 된다(過去の事態や行動に続いて起こった状況をつなぐ連結語尾。主に前の節の内容が後の節の原因になる)」と定義しており、더니自体は前の状況と後の変化をつなぐ働きを示します。動詞の語幹に過去を表す「-았/었-」を挟んだ「-았/었더니」は、話し手自身が行った動作の直後に気づいた結果を述べる場面で使われ、-더니よりも一人称の行動の結果を述べる用法として区別されます。 |
| -게 되다 と -어지다 | 成り行きや経緯の結果として、ある行動・状況になる(〜することになる・〜するようになる)なら -게 되다、形容詞などが表す状態へ変わる(〜くなる・〜になる)なら -아/어지다 を使います。 | どちらも「〜になる」と訳せますが、-아/어지다 は前の語が表す状態になることを表す補助動詞で、-게 되다 は行動や状態が成り立つことを表す形です。形容詞では両方が使えて意味が近くなる場合もあるため、日本語訳だけで機械的に選ばず、状態そのものが変わるのか、経緯で成り立つのかで確かめます。 |
| -어 가다 と -어 오다 | 今を起点に、これから先へ状態や行動が進んでいくなら -아/어 가다、過去から今(話し手の基準点)に向かって続いてきたなら -아/어 오다 を選びます。時間の向きが逆なので、日本語の「〜ていく」「〜てくる」とほぼ重なります。 | どちらも「変化が続く」ことを表すので、意味だけで選ぶと混ざります。標準国語大辞典(우리말샘)は補助動詞 가다 を「앞말이 뜻하는 행동이나 상태가 진행됨」、補助動詞 오다 を「말하는 이 또는 말하는 이가 정한 기준점으로 향하거나 가까워짐、또는 그렇게 계속 진행됨」と説明しています。오다 の語釈は基準点への近づきを含むため、過去から今までの継続に向き、가다 は今から先への進行に向きます。 |
継続の結果・気づき
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고 보니 と -다 보니까 | -고 보니 も -다(가) 보니까 も、前の行動をしたあとに、後ろの事実を新たに悟ることや、後ろの状態になることを表す表現です。使い分けは、その行為を一回終えた直後に気づいたことを言うなら -고 보니、同じ行為を繰り返す過程で気づいたことを言うなら -다(가) 보니까 を選びます。 | 標準国語大辞典『보다』の補助動詞義は、-고 보니を「앞말이 뜻하는 행동을 하고 난 후에(前の行動をし終えた後に)」、-다(가) 보니を「앞말이 뜻하는 행동을 하는 과정에서(前の行動をする過程で)」と説明しています。日本語訳の『〜してみると』だけで判断せず、一回性の完了直後か、反復・継続の途中かを確認します。 |
| -다 보니 と -다 보면 | 続けている途中で「すでにそうなっていた」と気づいた事実や状態を言うなら -다 보니、続けていくとそうなるという一般的な見通しを言うなら -다 보면 を使います。 | どちらも「〜しているうちに」と訳せるため同じに見えますが、標準国語大辞典は「보다」の補助動詞の語釈で、‘-다(가) 보니’‘-다(가) 보면’ を同じ項目に並べ、「앞말이 뜻하는 행동을 하는 과정에서 뒷말이 뜻하는 사실을 새로 깨닫게 되거나, 뒷말이 뜻하는 상태로 됨을 나타내는 말(前の行動をする過程で、後ろが表す事実を新たに悟ったり、後ろが表す状態になったりすることを表す語)」と説明しています。辞典は両形を割り振っていませんが、例文を見ると、-다 보니 では「오래 살다 보니 이런 좋은 일도 있네」のようにすでに起きて気づいたこと、-다 보면 では「일을 하다가 보면 요령이 생겨서 작업 속도가 빨라진다」のように続けた先に起こる変化が使われています。この例文の傾向から、後ろの文が済んだ出来事の発見なのか、続けた先の変化なのかを見て選ぶのが目安です。 |
引用・伝達
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -자고 하다 と -으라고 하다 | 話し手も一緒に行動しようと誘っていた内容を伝えるなら -자고 하다、話し手が聞き手だけに行動を命じ・要求していた内容を伝えるなら -(으)라고 하다 を使います。 | 国立国語院 표준국어대사전は、청유문(勧誘文)を「화자가 청자에게 같이 행동할 것을 요청하는 문장(話し手が聞き手に一緒に行動することを要請する文)」、명령문(命令文)を「화자가 청자에게 무엇을 시키거나 행동을 요구하는 문장(話し手が聞き手に何かをさせたり行動を要求したりする文)」と定義しています。話し手自身がその行動に加わるかどうかを確認します。 |
| -다고 하다 と -냐고 묻다 | 事実や判断を述べた発話を伝えるなら -다고 하다、相手に答えを求めた質問を伝えるなら -냐고 묻다 を使います。引用前の発話が「知らせた」のか「尋ねた」のかで分けます。 | どちらも他者の発話を後から伝える形ですが、引用する文の種類が異なります。出来事や考えを述べる平叙文なら -다고 하다、理由・時刻・可否などへの答えを求める疑問文なら -냐고 묻다 を選びます。 |
| -아 달라고 하다 と -아 주라고 하다 | 間接引用した依頼で、依頼をした人自身のためにしてほしい行為なら -아/어 달라고 하다、依頼をした人とは別の第三者のためにしてあげてほしい行為なら -아/어 주라고 하다 を使います。 | どちらも依頼内容を伝える形ですが、受益者が違います。달라고 は引用元の依頼者が行為の恩恵を受け、주라고 は依頼をした人とは別の第三者が恩恵を受けます。 |
| -던데요 と -대요 | 過去の事実を思い出して、後ろに続く話の前置きや背景として述べ、聞き手の反応を待つなら -던데(요)、他の人が言った内容を「〜だそうです」と伝えるなら -다고 해요が縮まった -대요(動詞は -ㄴ/는대요)を使います。 | どちらも会話で相手に情報を伝えるときに使うため混同しやすいものの、標準国語大辞典が示す役割は別です。-던데は、語義1で「뒤 절에서 어떤 일을 설명하거나 묻거나 시키거나 제안하기 위하여, 그와 상관있는 과거 사실을 회상하여 미리 말할 때에 쓰는 연결 어미(後ろの節で説明・質問・指示・提案をするために、それに関係のある過去の事実を思い出して前もって言うときに使う連結語尾)」、語義2で「해할 자리에 쓰여, 과거의 어떤 일을 감탄하는 뜻을 넣어 서술함으로써 그에 대한 청자의 반응을 기다리는 태도를 나타내는 종결 어미(해体で使い、過去のことを感嘆の気持ちを込めて述べ、それに対する聞き手の反応を待つ態度を表す終結語尾)」と定義されています。一方の -대요は、[Ⅱ]の義で「'-다고 해요'가 줄어든 말(-다고 해요が縮まった言葉)」と定義され、誰かの発言を伝える形です。同辞典は -대요に、알고 있는 것을 일러바침(知っていることを言いつける)を表し主に子どもの言葉に使われる[Ⅰ]の義も挙げていますが、この比較では[Ⅱ]の伝聞を扱います。 |
同時・進行・期間
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고 있다 と -어 있다 | 動作が今まさに進行しているなら -고 있다、앉다・서다・열리다 のような変化を表す自動詞に付けて、その変化が終わった後の状態が続いているなら -아/어 있다 を使います。 | 国立国語院 우리말샘は -아/어 있다 を「앞말이 뜻하는 행동이나 변화가 끝난 상태가 지속됨을 나타내는 말(前の語が表す行動や変化が終わった状態が続くことを表す語)」と定義しており、책을 읽다 のように目的語を取る動詞(타동사)には付きません。ただし 입다・신다・타다 などの着用・搭乗動詞は -고 있다 自体が「今まさに身につけている途中」と「すでに身につけている状態」の両方を表せるため、文脈で見分ける必要があります。 |
| -는 중이다 と -고 있다 | 今まさにその動作をしている最中(その動作をしている間)であることだけを言うなら -는 중이다、動作の進行に加えて、動作が終わった結果が続いている状態まで言えるのが -고 있다 です。 | 国立国語院 우리말샘は依存名詞「중」を「('-는/던' 뒤에 쓰여) 무엇을 하는 동안(何かをしている間)」と定義し、補助動詞「있다」の「-고 있다」構成を「앞말이 뜻하는 행동이 계속 진행되고 있거나 그 행동의 결과가 지속됨을 나타내는 말(前の語が表す行動が続いて進行しているか、その行動の結果が持続していることを表す)」と定義しています。日本語の「〜している」はどちらにも訳せますが、身に着けた状態のような『結果の持続』を表せるのは -고 있다 の側です。 |
| -는 동안 と -을 때 | 前の動作や状態が続いている時間の長さを背景にして後ろを述べるなら -는 동안、その動作や状態が起こる時・場面・場合を言うなら -(으)ㄹ 때 を使います。 | 国立国語院 韓国語基礎辞典は、名詞 동안 を「한때에서 다른 때까지의 시간의 길이(ある時から別の時までの時間の長さ)」、-는 동안 を「앞에 오는 말이 나타내는 행동이나 상태가 계속되는 시간 만큼을 나타내는 표현(前の語が表す行動や状態が続く時間分を表す表現)」と説明します。一方 -을 때 は「어떤 행동이나 상황이 일어나는 동안이나 그 시기 또는 그러한 일이 일어난 경우(ある行動や状況が起こる間やその時期、またそのようなことが起こった場合)」を表す表現で、語釈の中に「間」も含みます。そのため「때は一点、동안は幅」と割り切らず、時間の長さを前面に出したいかどうかで選びます。 |
経験・試行・回想
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -아/어 보다 と -(으)ㄴ 적이 있다 | これからやってみる、やってみてほしいと「試み」を言うなら -아/어 보다(勧めるときは -아/어 보세요)、すでに経験したことがあると過去の経験を言うなら -(으)ㄴ 적이 있다 を使います。両方を合わせた -아/어 본 적이 있다 の形も、-(으)ㄴ 적이 있다 の構成として使われます。 | どちらも日本語の「〜してみる」「〜したことがある」と近く、-아/어 봤어요 も経験の意味で使うため、混同しやすい組です。国立国語院は -어 보다 を「과거에 경험하지 않은 어떤 행위를 한번 시도함을 나타낸다」とし、主に「(한번) -어 보세요」の形で相手に試すことを勧める表現だと説明しています。一方 -은 적이 있다 は「어떤 행위가 과거에 있었던 일임을 나타낸다」と過去の経験を述べる表現です。どちらも原則として形容詞には付かず、-은 적이 있다 は形容詞では -었던 적이 있다 を使い、過去の -었- は -은 の前に入れません。-어 보다 は動詞「보다」自体には付けにくく(봐 보다は不自然)、否定は -어 보지 않다・안 -어 보다 で表します。 |
程度・限定・範囲
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -을 뿐이다 と -을 따름이다 | -(으)ㄹ 뿐이다 と -(으)ㄹ 따름이다 は、どちらも行為や状態をそれだけに限る類似表現で、単独の文なら差はほとんどなく、「〜だけでなく…も」と続けたいときだけ 뿐이다 を選びます。 | 国立国語院の資料は、뿐이다だけが「-을/-ㄹ 뿐 아니라」の形で後ろに別の内容を続けられる(예:배가 고플 뿐 아니라 졸리기도 해요=お腹が空いているだけでなく眠くもあります)のに対し、따름이다は「-을/-ㄹ 따름 아니라」という形を作れないと明記しています。「뿐이다 は単なる範囲限定、따름이다 は選択肢がない場合だけ」のように、意味だけで完全に分けません。選び分けの基準は意味の強さではなく、「〜뿐 아니라」の形を作れるかどうかです。国立国語院の資料も両方を類似文法として整理し、同じ文脈での例文を並べています。 |
| -다시피 하다 と -을 정도로 | 実際にその行為をほぼそのまま行ったと直接述べるなら -다시피 하다、行為や状態を基準にして後ろの程度を説明するなら -을 정도로 を選びます。 | -다시피 하다 はその行為自体を「ほぼ行った」と直接評価する形で完結し、程度を示す基準節を必要としません。-을 정도로 は逆に、基準となる行為・状態を挙げて、それがどれほどかという後ろの程度(主節の状態)を修飾する働きをするため、必ず程度評価の対象となる主節が続きます。 |
後悔・実現しなかった願望
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -었-(-았-/-였-) と -(으)ㄹ걸 (그랬다) | -았/었- は過去の事実、-(으)ㄹ걸 (그랬다) は過去にしなかった行動への後悔を表します。単なる叙述か後悔かで選びます。 | 後悔を伝えたいのに -았/었- で「しなかった」と事実を述べるだけにして、「すればよかった」のニュアンスが伝わらない誤りが起きがちです。叙述か後悔かを確認します。 |
| -았어야 했는데 と -(으)ㄹ걸 (그랬다) | しなければならなかった行為・必要だった行為をしなかったことを後悔するなら -았어야 했는데、義務とは限らない、自分が選ばなかった過去の行動を後悔するなら -(으)ㄹ걸 (그랬다) を使います。 | どちらも日本語では「〜すればよかった」と訳せますが、-았어야 했는데 の基になる -어야 は、国立国語院の資料が연결어미(前の内容が後ろの内容の필수 조건=必須条件であることを表す語尾)として説明するもので、しなければならなかった行為が前提になります。一方 -(으)ㄹ걸 はもともと推測を表す終結語尾で、1人称主語に限り後悔・心残りの意味に転じたもので、義務は前提にしません。 |
| -았으면 좋았을 텐데 と -았어야 했는데 | 現実と違う望ましい状態を思い描いて残念がるなら -았으면 좋았을 텐데、しなければならなかった行為をしなかった不履行を振り返るなら -았어야 했는데 を使います。 | どちらも日本語では「〜すればよかったのに」と訳せますが、土台になる表現が違います。国立国語院の資料は -으면 좋겠다 を「현실과 반대되는 상황을 소망하거나(現実と反対の状況を望んだり)」する表現、-을 텐데 を「말하는 사람의 추측을 나타내는 표현(話し手の推測を表す表現)」と説明します。一方 -어야 は「앞의 내용이 뒤에 오는 내용의 필수 조건임을 나타낸다(前の内容が後ろの内容の必須条件であることを表す)」語尾です。以上は各表現の単独の定義で、-았으면 좋았을 텐데 という組み合わせ自体の説明は資料にありません。以下は当サイトの整理で、前者は望みと推測を重ねた残念さ、後者は必要だった行為が実現しなかったことに重心があると読みます。 |
比較・基準
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| 보다 と 처럼 | 二つの対象に差があることを言うなら 보다(〜より)、前の語と似ている・同じであることを言うなら 처럼(〜のように)を使います。 | どちらも「名詞+助詞」で、『AはBが…』の形が同じなので、似た場面に見えます。国立国語院 標準国語大辞典は 보다 を「서로 차이가 있는 것을 비교하는 경우, 비교의 대상이 되는 말에 붙어 ‘~에 비해서’의 뜻을 나타내는 격 조사(互いに差のあるものを比べる場合に、比較の対象となる語に付いて「〜に比べて」の意を表す格助詞)」、처럼 を「앞말과 비슷하거나 같음을 나타내는 격 조사(前の語と似ている、または同じであることを表す格助詞)」と説明しています。差を言いたいのか、似ていると言いたいのかを先に決めます。 |
| 처럼 と 能力比較の -만큼 | 前の語と様子・話し方・やり方が似ていることを言うなら 처럼、前の語と量や程度が同じくらいだと言うなら 만큼 を使います。 | 日本語では「〜のように」「〜くらい」と訳し分けられても、どちらも名詞に付く形で並べられるため迷います。標準国語大辞典は 처럼 を「앞말과 비슷하거나 같음(前の語と似ている、または同じこと)」、韓国語基礎辞典は助詞の 만큼 を「앞에 말한 내용과 비슷한 정도나 한도임을 나타내는 조사(前に言った内容と似た程度や限度であることを表す助詞)」と説明しています。似ているものが『様子』か『程度』かで選びます。 |
| -에 비해 と 보다 | 比べる相手の名詞にそのまま付けて「〜より」と言うなら 보다、「〜に比べて」を 에 비해(서)・에 비하면・에 비하여 の形で言うなら -에 비해 を使います。どちらも二つを比べる表現で、違いは付け方です。 | 日本語では「昨日より暖かい」も「昨日に比べて暖かい」も同じ比較に見えるため、どちらを使ってもよいと覚えがちです。国立国語院 標準国語大辞典は、보다 を「체언 뒤에 붙어」「비교의 대상이 되는 말에 붙어 ‘~에 비해서’의 뜻을 나타내는 격 조사(名詞の後ろに付いて、比較の対象となる語に付き「〜に比べて」の意を表す格助詞)」、비하다 の義項2を「‘-에 비하여’, ‘-에 비해(서)’, ‘-에 비하면’ 구성으로 쓰여 ‘비교’의 뜻을 나타낸다(この形で使われ「比較」の意を表す)」と説明しています。つまり 보다 は助詞なので名詞に直接付き、-에 비해 は助詞 에 と動詞 비하다 の活用形(비하여・비해)でできた形です。同じ辞典が 보다 の語釈に「‘~에 비해서’の意」と書いているように、意味は近く、後ろの文で比べた結果を述べる点も同じです。 |
願望・希望
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고 싶다 と -고 있다 | したいという希望は -고 싶다、今まさに進行中の動作は -고 있다 です。どちらも動詞の語幹に付きますが、意味は別です。 | 今まさに飲んでいると伝えたいのに -고 싶다 を使うと、「飲みたい」という希望になってしまいます。後ろが 싶다 か 있다 かで希望か進行かが決まるので、日本語訳が「〜したい」か「〜している」かを先に当てます。 |
| -고 싶다 と -고 싶어하다 | 平叙文では話し手自身、疑問文では聞き手の希望を述べるなら -고 싶다、話し手・聞き手のどちらでもない第三者の希望を述べるなら -고 싶어 하다 を使います。 | どちらも希望を表す点は同じですが、主語になれる人称が異なります。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-고 싶다 は平叙文では話す人、疑問文では聞く人が主語になり、-고 싶어 하다 は話す人でも聞く人でもない第三者だけが主語になると説明しています。誰の希望かを確認してから選びます。 |
提案・勧め
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고 と -자 | -고 は動作を結ぶ接続語尾で、-자 は聞き手を含む共同行動を提案する終結語尾です。文が続くか、提案で終わるかで選びます。 | 誘うつもりで 먹고 のように -고 で言いさし、提案として終わらない文にしてしまう誤りが起きがちです。動作をつなぐのか、「一緒に〜しよう」で文を終えるのかを確認します。 |
| -을까 하다 と -기로 하다 | まだ確実には決めていない案や考えを控えめに述べるなら -(으)ㄹ까 하다、約束・決定・決心として今後の行動を定めたなら -기로 하다 を使います。 | -(으)ㄹ까 하다 は、国立国語院の教材では一人称の話し手が未確定の考えを表す形と説明されています。決定した予定を述べる形として使いません。 |
| -을까요 と -을게요 | 相手の意向を尋ねる、または一緒にすることや自分がすることを「どうですか」と提案の形で聞くなら -(으)ㄹ까요?、話し手が自分の行動をする意志を決めて、約束として聞き手に伝えるなら -(으)ㄹ게요 を使います。 | 日本語ではどちらも「私がしましょうか」「私がしますね」のように、自分の行動を相手に向けて述べる場面で使えるため、混同しやすい組み合わせです。標準国語大辞典は、-ㄹ까の義項2を「해할 자리에 쓰여, 어떤 일에 대하여 상대편의 의사를 묻는 종결 어미(해体で使い、ある事柄について相手の意向を尋ねる終結語尾)」、-ㄹ게を「(구어체로) 해할 자리에 쓰여, 어떤 행동에 대한 약속이나 의지를 나타내는 종결 어미(口語で해体に使い、ある行動についての約束や意志を表す終結語尾)」と定義しています。-ㄹ까は相手に意向を尋ねる質問で、答えを待つ言い方です。-ㄹ게は話し手が自分の行動を約束・意志として述べる言い方で、相手の意向は尋ねていません。丁寧に言うときは、-(으)ㄹ까 と -(으)ㄹ게 の語末に 요 を付けて、-(으)ㄹ까요・-(으)ㄹ게요 とします。なお、標準国語大辞典は -ㄹ까 の義項1として「어떤 일에 대한 물음이나 추측」も挙げていますが、この比較では相手の意向を尋ねる義項2を扱います。 |
| -을까요 と -읍시다 | 相手に「どうしますか」と意向を尋ねて返事を待つなら -(으)ㄹ까요?、話し手が「一緒にしよう」と行動をはっきり呼びかけるなら -(으)ㅂ시다(-읍시다)を使います。 | どちらも日本語では「〜しましょうか」「〜しましょう」と訳せて、一緒に行動する場面で出てくるため混同しやすい組み合わせです。標準国語大辞典は -ㄹ까 の義項2を「어떤 일에 대하여 상대편의 의사를 묻는 종결 어미(ある事柄について相手の意向を尋ねる終結語尾)」と定義しています。つまり -(으)ㄹ까요 は質問で、答えを待つ言い方です。一方、国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は -읍시다 を「어떠한 행동을 제안하거나 요청함을 나타낸다(ある行動を提案したり要請したりすることを表す)」とし、「격식적인 상황에서 약간 아랫사람이나 동등한 관계의 듣는 사람에게 어떤 행동을 같이 하자고 권할 때 사용한다(格式的な場面で、少し目下か対等な関係の聞き手に、ある行動を一緒にしようと勧めるときに使う)」と説明しています。-(으)ㅂ시다 は聞き手の意向を尋ねる形ではなく、勧める側が呼びかける言い方で、使う相手も限られます。 |
選択
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -는 대신에 と -는 만큼 | -는 대신에 はある行為・状態と引き換えに別の行為・状態を置き、-는 만큼 は前後の程度・量の対応や根拠を示します。 | どちらも「〜の分だけ・〜する代わりに」と日本語に訳せるため、量に応じて決まる文に 대신에 を使う誤りが起きがちです。引き換えか、量の対応かを先に区別します。 |
| 이나 と -거나 | 名詞について選択肢や大まかな例示を挙げるなら (이)나、動詞・形容詞について複数の動作や状態のどちらかを選ぶなら -거나 を使います。 | 이나 は名詞などの体言に付く助詞、거나 は動詞・形容詞の語幹に付く語尾です。何を選んでいるのか(対象そのものか、動作や状態か)を先に確認すると、どちらに付けるべきかを取り違えません。 |
| -느니 と -기보다는 | 二つの行動を並べて前を選ぶより後ろを選ぶと言うなら -느니、前の内容と比べて後ろのほうがより適切だと言うなら -기보다는 を使います。 | どちらも「前より後ろのほうがよい」という方向で使われるため、同じ意味に見えます。国立国語院 標準国語大辞典は -느니 を「앞 절을 선택하기보다는 뒤 절의 사태를 선택함을 나타내는 연결 어미(前の節を選ぶよりも後ろの節の事態を選ぶことを表す連結語尾)」と説明します。韓国語基礎辞典は -기보다는 を「서로 차이가 있는 것을 비교하면서 앞말에 비해서는 뒤의 말이 더 알맞음을 나타내는 표현(互いに違いのあるものを比べながら、前の語に比べて後ろの語のほうがより合っていることを表す表現)」と説明しています。-느니 は二つの行動のうち後ろを選ぶ側に、-기보다는 は前と後ろを比べて適切さを言う側に重心があります。 |
| -든지 と -거나 | 「何を・誰が・いつ〜でも」のように疑問詞と組み合わせたり、文を -든지 で言い終えたりするなら -든지、動作を並べて「AかBをする」と言うだけなら -거나 が自然です。 | 国立国語院の資料は、-든지 と -거나 をどちらも選択を表す連結語尾として並べ、例文「노래를 하든지 춤을 추든지 해야 한다/노래를 하거나 춤을 추거나 해야 한다」をどちらも選択の意味の例として並べています。そのため入れ替えられると覚えがちですが、同じ資料の類似文法の欄に違いが2つあります。1つ目は疑問詞(무엇・누구・어디・언제)との組み合わせで、-든지 は自然、-거나 は「可能だが不自然」とされています。2つ目は文末で、-든지 は文を終えられますが、-거나 は終えられません。 |
反復・習慣
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -는 편이다 と -는 경향이 있다 | 自分や特定の対象を、他と比べてある部類に属すると控えめに評価するなら -는 편이다、複数の事例やデータから観察される客観的な方向性を述べるなら -는 경향이 있다 を使います。 | 표준국어대사전は依存名詞「편」[Ⅱ]義項3を「(주로 ‘-은/는 편이다’ 구성으로 쓰여) 대체로 어떤 부류에 속함을 나타내는 말(主に『-은/는 편이다』の構成で使われ、おおむねある部類に属することを示す語)」、名詞「경향」義項1を「현상이나 사상, 행동 따위가 어떤 방향으로 기울어짐(現象や思想、行動などが、ある方向へ傾くこと)」と定義しています。편이다は話者が特定の対象をどの部類に属するか主観的に評価する語であるのに対し、경향은複数の観察・データが示す方向性そのものを指す名詞で、話者の評価を介しません。 |
| -기 일쑤이다 と -곤 하다 | 同じことがよく、いつものように起こると言うなら -기 일쑤이다、同じ行動が繰り返されることを述べるなら -곤 하다 を選びます。 | どちらも繰り返しを表しますが、作りが違います。標準国語大辞典は名詞「일쑤」を「흔히 또는 으레 그러는 일(よく、または決まってそうすること)」と定義し、連結語尾「-고는」を「같은 일이 반복됨을 나타내는 연결 어미(同じことが繰り返されることを表す連結語尾)」と説明します。-곤 하다 は「-고는 하다」の縮約形です。本サイトの文法解説では、일쑤を好ましくない場面の頻発、-곤 하다 を中立な習慣の振り返りとして扱っています。 |
過去を修飾する形
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -던 と -았던 | 過去に始まってまだ終わっていないこと・過去によくしていたことを思い出して名詞を説明するなら -던、過去にすでに終わって今とは切れていることを言うなら -았/었던 を使います。 | どちらも日本語では「〜していた」「〜した」と訳せるため、訳だけでは選べません。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-던 を「過去に始まってまだ終わっていないこと、または過去によくしたこと」に使い、-았/었던 は「過去に始まってすでに過去に終わり、現在とは切れている場合」に使うと説明します。一方、国立国語院のオンライン質問では、過去に繰り返したことを言うときは -던 と -았/었던 を大きな意味の違いなく使えるとも答えています。繰り返しの話か、途中で止まった・終わった一回の話かを見て選びます。 |
時点・時間経過を表す副詞
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| 이미 と 벌써 | すでに終わったこと・過ぎたことを事実として述べるなら 이미、予想より早く終わっていることを言うなら 벌써 を選びます。どちらも日本語では「もう」と訳せます。 | どちらも「もう」と訳せるため、訳だけでは選べません。国立国語院の標準国語大辞典は 이미 を「다 끝나거나 지난 일을 이를 때 쓰는 말(すっかり終わったり過ぎたりしたことを言うときの言葉)」とし、‘벌써’、‘앞서’の意味を表すと説明します。一方 벌써 の語釈は「예상보다 빠르게(予想より早く)」です。ただし 이미 の語釈自体が「‘벌써’の意味を表す」と書いているとおり、2語は重なる用法もあります。語釈にもとづく見分け方として、이미 は終わった事実そのものを、벌써 は予想と比べた早さを言う語と捉えます。 |
完了・達成
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -고 말다 と -어 버리다 | 意図しない結果になった(残念・満足、または苦労して成し遂げた)という気持ちを込めるなら -고 말다、行為を完全に終えて何も残らない・元に戻せない状態になったことを言うなら -아/어 버리다 を使います。 | どちらも日本語では「〜してしまった」と訳せますが、見ているものが違います。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は、-고 말다 を「어떤 일이 의도하지 않은 상태에서 결과적으로 일어났음을 나타내며(ある事が意図しない状態で結果的に起きたことを表し)」、残念さや、苦労して成し遂げた意味を表す形と説明しています。-어 버리다 は「어떤 행위를 완전히 끝내서 아무것도 남지 않거나 그 일이 어찌할 수 없는 상태로 바뀌었음(ある行為を完全に終えて何も残らないか、その事がどうにもできない状態に変わったこと)」を表すと説明しています。前者は意図しない結果や苦労の末の達成の側、後者は行為が終わりきった側を表します。 |
助詞
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| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| 은(는) と 이(가) | 話題・対比として取り上げるなら 은/는、動作や状態の主体を特定するなら 이/가 を選びます。日本語の「は・が」と機械的には対応しません。 | 日本語の「は・が」だけで機械的に対応させず、文中で担う役割を確認します。標準国語大辞典は 는 を「ある対象が他のものと対比されることを示す補助詞」と説明しているので、他のものと並べて取り上げる文か、「誰が・何が」を特定する文かを先に見分けます。 |
| 에 と 에서(서) | 時刻・到着点・存在場所には 에、動作を行う場所や出発点には 에서 を使います。場所を表す名詞があっても助詞は変わります。 | 「学校」のような場所名詞を見ただけで 에 を付け、공부해요 のような動作の文にまで 에 を使う誤りが起きがちです。到着・存在か、そこでの動作か、出発かを先に見分けます。 |
| 도 と 만 | 도 は対象を付け加えて「〜も」、만 はほかを除いて「〜だけ」を表します。2つは反対の働きをするので、文の意味が逆になります。 | 「弟だけが来る」のつもりで 동생도 와요 と書くと、ほかの人も来るという意味になります。前後の文に別の対象が含まれるか、除外されるかを確かめ、日本語訳が「も」なら 도、「だけ」なら 만 を目安にします。 |
| 부터 と 까지 | 範囲の開始点(いつから・どこから)は 부터、終了点(いつまで・どこまで)は 까지 で示します。時刻にも場所にも使えます。 | 開始を伝えたいのに 까지 を付けると、開始と終了が逆の意味になります。名詞が時刻か場所かでは決まりません。文が「始まり」と「終わり」のどちらを言っているかを、前後の文脈で確かめます。 |
| 만 と -을 따름이다 | 만 は名詞などに付いて対象を限定します。-을 따름이다 は用言に付き、前の語が表す状態や状況以外にはないことを「ただ〜するだけだ」と述べます。 | 「나는 너만 행복할 따름이다」のように、相手の状態を述べる文を 따름이다 で結んでしまう誤りが起きがちです。따름이다 は話し手自身の心情・状態を述べる表現なので、主語と述語が同じ人のことかを確かめ、あわせて限定するのが名詞か用言かを直前の語で見分けます。 |
| 에게 と 한테 | 書き言葉でも話し言葉でも使える中立的な形なら 에게、会話中心の話し言葉なら 한테 を選びます。報告書など改まった文書では 에게 を使います。 | 意味の違いではなく文体の違いです。標準国語大辞典は 한테 の語義すべてに「에게보다 더 구어적이다(에게よりも一層口語的である)」と注記していますが、에게 の語義にはこの注記がありません。 |
| 부터 と 에서(서) | 時間や範囲の始まりを言うときは 부터、場所からの出発点や動作が行われる場所を言うときは 에서 を使います。 | 日本語の「〜から」だけで判断せず、始まるのが時刻・範囲なのか、場所からの移動の起点なのかを見分けます。標準国語大辞典は「부터」を「어떤 일이나 상태 따위에 관련된 범위의 시작임을 나타내는 보조사(ある事柄や状態などに関する範囲の始まりを示す補助詞)」と定義し、「에서」の語義2を「앞말이 출발점임을 나타내는 격 조사(前の語が出発点であることを示す格助詞)」と定義しています。同じ「에서」の語義1は「앞말이 행동이 이루어지고 있는 처소임을 나타내는 격 조사(前の語が行動の行われている場所であることを示す格助詞)」で、動作の場所も表します。 |
| 만 と 밖에 | 만は他の対象から制限してある一つ・一定範囲だけに限定する助詞で、肯定文・否定文どちらの述語とも結べます。밖에は「それ以外は」という意味の助詞で、主に後ろに否定表現を伴い『〜しかない』という意味を作ります。 | 만は肯定述語(좋아하다・있다など)とそのまま結べますが、밖에は否定の述語(없다・안/못など)と組み合わせるのが基本で、肯定述語と結ぶ形は実際にはほぼ使われません。 |
| 에 と (으)로 | 到着点や存在する場所を示すなら 에、進む方向を示すなら (으)로 を使います。着くことか向かうことかで選びます。 | 가다・오다 と結びつく場所の名詞があっても、そこに着くことを言うのか、その方向へ向かうことを言うのかで使い分けます。 |
| 에게서 と 에서(서) | 「〜から」の出どころが人や動物なら -에게서(話し言葉では -한테서)、会社・学校・本のような場所や物、抽象的な対象なら -에서 を選びます。 | 日本語ではどちらも「〜から」なので、会社も人の集まりだと考えて -에게서 を付けてしまいがちです。国立国語院 韓国語教授学習支援センターは、-에게서 を「사람이나 동물 뒤에 사용한다」、-에서 を「장소나 사물, 추상적인 대상 뒤에 사용한다」と分けています。会社は人ではないので、「회사에게서 월급을 받았어요」は誤りと示されています。社長(사장님)のように人が出どころなら -에게서 を使います。 |
| 을(를) と 이(가) | 動作が直接及ぶ対象には 을/를、述語と呼応する主語(状態を示す対象や動作の主体)には 이/가 を使います。 | 日本語では「コーヒーが好きだ」のように対象にも「が」を使うため、「が」を見ただけで 이/가 を選ぶと誤ります。述語が動作を表す動詞か、状態を表す形容詞かを確認し、名詞が動作を受ける側か、述語の主語かを見分けます。 |
さえ・まで・どころか
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -은커녕 と -은 고사하고 | -은커녕 と -은 고사하고 は、どちらも前の項目を脇に置いて、より基本的な後ろの項目さえ実現しないと強調する近い表現で、形は名詞に直接つくか空白を置くかで見分けます。 | 後ろの文は「못」「안」「-지 않다」などの否定で終えると、どちらも成り立ちます。分かれ目は次の2点です。①前の項目を「不可能だから脇に置く」と位置づけ、後ろも期待に届かないと続けたいなら、その構図を語義にもつ -은 고사하고 が合います(標準国語大辞典は 고사하다 を、前の内容が不可能で後ろの内容も期待に及ばないことを表すと説明しています)。②名詞に直接つけて、前後ともに否定する言い方を簡潔に言い切りたいなら、否定の意味を表す助詞である -은커녕 が合います(同辞典の 커녕 の説明)。形は、-은커녕 が名詞に直接つく1語、-은 고사하고 は名詞のあとに空白を置いて 고사하고 を続けます。国立国語院の『韓国語教育文法・表現内容開発研究』は、커녕 と 는 고사하고 を類似文法として挙げています。-은커녕 では、前に置く期待項目だけでなく、後ろに置くより実現しやすい項目も否定する並びを確認します。 |
| -조차 と -마저 | ふつうは含まれるはずの基本的なことまで該当しない(または含まれる)という意外さを強調するなら 조차、残っていた最後の一つまでが同じ状況に加わることを言うなら 마저 を使います。 | どちらも日本語では「〜さえ」「〜まで」と訳せますが、辞書の語釈の焦点が違います。国立国語院 標準国語大辞典は 조차 を「일반적으로 예상하기 어려운 극단의 경우까지 양보하여 포함함을 나타낸다(一般に予想しにくい極端な場合までも譲って含めることを表す)」と説明し、韓国語基礎辞典は 마저 を「현재의 상태나 정도에서 하나 남은 마지막을 그 위에 더함을 나타내는 조사(現在の状態や程度で残った最後の一つをその上に加えることを表す助詞)」と説明しています。意外さの程度を言いたいのか、最後に残ったものを数えているのかで選びます。 |
助詞・その他
| 対比 | 決め手 | 注意点 |
|---|---|---|
| -ㅂ/습니다 と -아/어요 | 発表・会議・接客など改まった場で現在の動作や状態をそのまま述べるなら -ㅂ/습니다、日常の会話で丁寧に話すなら -아/어요 を選びます。どちらも丁寧な文末ですが、使う場の改まり具合が違います。 | 標準国語大辞典は、-습니다 を 하십시오 の位置に使い現在続く動作や状態をそのまま表す終結語尾、-어요 を 해요 の位置に使い説明・疑問・命令・勧誘を表す終結語尾としています。どちらも「丁寧」とだけ覚えず、-습니다 は하십시오体、-어요 は해요体という文体の違いとして区別します。 |
| -으세요 と -아/어요 | この場面で窓を開けるよう丁寧に依頼するなら -(으)세요、自分が窓を開けるという丁寧な叙述なら -아/어요 を使います。聞き手に何かを求める場面でも、文末の形だけでなく誰の行為かを見て選びます。 | 韓国語基礎辞典では、-(으)세요 は説明・疑問・命令・要請、-아/어요 は叙述・質問・命令・勧誘を表す終結語尾とされています。どちらも1つの働きに固定されないため、「창문을 여세요」を依頼とだけ覚えず、この文では依頼か叙述か(誰が開けるのか)を確認します。 |
| -는 길에 と -는 김에 | 進行中の行為や移動の途中を表すなら -는 길에、ある行為の機会・きっかけを表すなら -는 김에 を使います。 | どちらも「ついでに」と訳され、国立国語院は -는 길에 の「길」にも「途中や機会」の意味があるとしています。そのため一方を機械的に誤りとせず、移動・用事の途中を示すのか、ある用事をきっかけに別の行為を加えるのかを文脈で読みます。 |
| -군요 と -네요 | 新しく知った事実に気づいた驚きを広く表すなら -군요、話し手自身が直接見たり体験したりして気づいた事実への感嘆に使うなら -네요 を選びます。 | 国立国語院 韓国語基礎辞典は、-네요 の語釈にだけ「말하는 사람이 직접 경험하여(話し手が直接経験して)」という限定を明記しています。-군요 にはこの限定がなく、人から聞いた話や資料を通じて知った事実にも使えるため、直接経験したかどうかで一律に置き換えないようにします。 |
| -기 마련이다 と -는 법이다 | どちらも当然の帰結を示します。経験則や自然の成り行きから見て当然そうなる結果を述べるなら -기 마련이다、道理や一般的な理屈から見て当然そうだという法則を述べるなら -는 법이다 を使います。 | 接続する形も異なります。-기 마련이다 は動詞・形容詞の -기/게 の形に付き、-는 법이다 は動詞の現在連体形 -는(形容詞は -은/ㄴ)に付きます。 |
| 이에요 と 아니다 | 名詞を肯定して「〜です」と述べるなら 이에요/예요、名詞を否定して「〜ではありません」と述べるなら 이/가 아니에요 を使います。 | 아니에요は 이다 の否定形ではなく、아니다 という別の形容詞の活用形です。名詞の後ろには主格助詞 이/가 を挟みます。 |
| -은 채로 と -는 척하다 | 先に成立した状態をそのまま保って次の行為をする「〜たまま」なら -은/는 채(로)、実際とは違うことをもっともらしく装う「〜ふりをする」なら -는 체하다(-는 척하다と同じ意味)を使います。 | 채と체はどちらも「-은/는」の後ろに付く依存名詞ですが、標準国語大辞典の説明は別々です。依存名詞「채」は「이미 있는 상태 그대로 있다는 뜻을 나타내는 말(すでにある状態のままでいるという意味を表す言葉)」、依存名詞「체」は「그럴듯하게 꾸미는 거짓 태도나 모양(もっともらしく装う偽りの態度や様子)」で、「= 척」と同じ意味とされています。채は実際にその状態であることを述べ、체は実際とは違うことを装う点で対照的です。なお同辞典には、副詞の「채」(まだ〜しきる程度に至らない状態を表す。用例:말이 채 끝나기도 전에)と、動詞の「체하다」(食べたものが消化されずにもたれる。用例:급히 먹는 밥은 체하기 마련이다)という別項目もありますが、どちらもこの比較の対象ではありません。 |
| -기 십상이다 と -기 일쑤이다 | 特定の条件下で望ましくない結果が起こる可能性が非常に高いと述べるなら -기 십상이다、その人の行動として好ましくないことが何度も繰り返されると述べるなら -기 일쑤이다 を選びます。 | どちらも好ましくない事態を表しますが、語源となる語の意味からして焦点が異なります。標準国語大辞典は名詞「십상」(十常)を「열에 여덟이나 아홉 정도로 거의 예외가 없음(十のうち八、九ほどで、ほとんど例外がない)」と定義する高い蓋然性を表す語、名詞「일쑤」を「흔히 또는 으레 그러는 일(よく、または決まってそうすること)」と定義する頻度・反復を表す語としています。 |
| -어 주세요 と -으세요 | 自分のためにその行動をしてほしいと丁寧に頼むなら -아/어 주세요、場面に応じて相手に行動を求める丁寧な指示・要請として伝えるなら -(으)세요 を使います。 | 国立国語院 オンライン가나다は、-(으)세요に使われる終結語尾「-세요」自体を「설명・의문・명령・요청의 뜻을 나타내는 종결 어미(説明・疑問・命令・要請の意味を表す終結語尾)」と説明しており、同じ「-세요」でも文脈により命令にも要請にもなるとしています。-아/어 주세요はここに動詞「주다」を挟むことで、聞き手の行動から話し手が利益を受けるという依頼の含みを明確にします。 |
| -에 대해 と -에 관해 | 話題や説明の対象を示すだけなら 에 대해 と 에 관해 はほぼ入れ替えられます。警告や支援のように、行為が向かう相手を示す文では 에 대해 を選びます。 | どちらも「〜について」と訳せるため、「관해 は硬い言い方」と決めて選びがちです。国立国語院の資料には 관해 の硬さの記載がなく、書かれている区別は、行為が向かう先を表せるかどうかです。 |
| -게 하다 と -도록 하다 | 誰かにさせる・許可する使役には 게 하다 を使います。聞き手自身にその行動を促す指示や、話し手が自分でやると決める意志を表すときは 도록 하다 を使います。 | どちらも「させる」と訳せる場面がありますが、聞き手に直接言う文では、게 하다 は聞き手が別の誰かにさせる意味になります。話し手の意志の文でも、게 하다 は使えません。 |
| -기 십상이다 と -기가 쉽다 | ある条件で好ましくない結果がほぼ確実に起こると言うなら -기 십상이다、その動作をするのが難しくないと言うなら -기 쉽다 を選びます。 | どちらも「〜しやすい」と訳せるため入れ替えたくなりますが、見ているものが違います。標準国語大辞典は名詞「십상」(十常)を「열에 여덟이나 아홉 정도로 거의 예외가 없음(十のうち八、九ほどで、ほとんど例外がない)」と定義し、形容詞「쉽다」を「하기가 까다롭거나 힘들지 않다(するのが厄介だったり大変だったりしない)」と定義します。十常は結果が起こる確実さ、쉽다は動作の難しさを表します。 |
| -을 뻔하다 と -을까 봐 | ある出来事が実際には起こらなかったが、起こる可能性がとても高かったと振り返るなら -(으)ㄹ 뻔하다、これから起こりそうなことを心配して備えるなら -(으)ㄹ까 봐 を使います。 | どちらも「悪いことが起こりそう」という場面で使われ、日本語では「〜しそうで」と訳せるため混同しがちです。国立国語院 標準国語大辞典は補助形容詞「뻔하다」を「앞말이 뜻하는 상황이 실제 일어나지는 아니하였지만 그럴 가능성이 매우 높았음을 나타내는 말(前の言葉が表す状況が実際には起こらなかったが、その可能性がとても高かったことを表す言葉)」と説明します。一方「보다」の義項3は「-을까 봐」を「앞말이 뜻하는 상황이 될 것 같아 걱정하거나 두려워함을 나타내는 말(前の言葉が表す状況になりそうで心配したり恐れたりすることを表す言葉)」と説明します。前者は起こらなかった出来事を後から振り返る言い方、後者は起こるかもしれないことへの心配を表す言い方です。 |
| -아/어 주다 と -아/어 드리다 | 友達や年下など、目上ではない相手のために何かをするなら -아/어 주다、目上の人や客のために何かをするなら -아/어 드리다 を使います。 | どちらも日本語では「〜してあげる」「〜してさしあげる」と訳せる、相手のために行為をする形です。国立国語院の「한국어 문법·표현 내용 검색」は、-어 주다 を「다른 사람을 이롭게 하기 위하여 어떤 행위를 함을 나타낸다(他の人のために何かの行為をすることを表す)」形とし、-어 드리다 は同じ意味で「주로 상대방을 높이거나 윗사람에게 말할 때 사용한다(主に相手を高めるとき、または目上の人に話すときに使う)」と説明しています。-어 드리다 の説明には「‘-어 주다’와 같은 의미로 사용되는데 ‘-어 드리다’는 윗사람에게 도움을 줄 때 사용한다(-어 주다と同じ意味で使うが、-어 드리다は目上の人に助けを与えるときに使う)」とも書かれています。意味は同じで、行為を受ける相手が目上かどうかで形が変わります。 |
| 이에요 と 있다 | 「AはBです」と、主語が何であるか(属性・分類)を名詞で述べるなら 이에요/예요、「Aは〜にあります・います」と、主語がある場所に存在することを述べるなら 에 있어요 を使います。 | どちらも日本語では「〜です」「〜にいます」と近く感じられますが、場所を述べる文に 이에요/예요 を使うと、主語が場所そのものだという別の意味になります。「学校にいます」は 학교예요 ではなく 학교에 있어요 です。 |
TOPIK・韓国語文法の参考書
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ここがちがう韓国語文法の使い分け似た文法表現の使い分けを本でまとめて確かめたいとき向け。