韓国語学習記事

韓国語の推測表現使い分け

-나 보다・것 같다・지도 모르다・텐데

観察根拠、不確かな可能性、控えめな判断、予想される背景を分けて推測表現を選びます。

編集:語学ドリル|

何を根拠に、どこまで確信するかを見る

根拠の強さと確信の度合いで、-나 보다・것 같다・-(으)ㄹ지도 모르다・-(으)ㄹ 텐데を分けます。-나 보다は見聞きした状況からの推測、것 같다は控えめな判断、-(으)ㄹ지도 모르다は可能性を残す言い方、-(으)ㄹ 텐데は予想を背景に置く言い方です。

불이 꺼져 있으니 집에 갔나 봐요 は消灯という状況を根拠にします。비가 올 것 같아요 は話し手の判断をやわらかく示し、비가 올지도 몰라요 は起こる可能性を残します。

-(으)ㄹ 텐데 は予想だけで文を終えるより、その予想を後ろの心配・提案・対照の背景として用いる場面に注目します。

表現・分類中心となる意味見分ける箇所
-나 보다観察に基づく推測目に見える状況や結果がある
것 같다控えめな判断・印象断定を避けて述べる
-(으)ㄹ지도 모르다不確かな可能性起こる可能性を排除しない
-(으)ㄹ 텐데予想される背景後ろの提案・心配・対照へ続く
-(으)ㄹ 리가 없다根拠に基づく強い否定その可能性はないと判断
-는 모양이다格式的な文章での確信の強い推測淡々とした態度、書き言葉的
-다 싶다その場で浮かんだ判断・実感をそのまま示す推測疑問形の語尾ではなく平叙形-다を使い、後ろに行動が続きやすい

同じ天候でも発話の役割を変える

하늘이 흐린 걸 보니 비가 오나 봐요 は観察からの推測です。비가 올 것 같아요 は断定を避けた判断、비가 올지도 몰라요 は可能性を示します。비가 올 텐데 우산을 가져가세요 は予想を依頼の背景にします。

-(으)ㄹ 리가 없다 は、根拠からその可能性を強く否定するときに使います。

벌써 집에 갔나 봐요.

もう家に帰ったようです。

目に見える状況や結果を根拠にした推測を表す-나 보다です。

비가 올 것 같아요.

雨が降りそうです。

断定を避けて判断を述べる 것 같다 です。

내일 비가 올지도 몰라요.

明日、雨が降るかもしれません。

雨が降る可能性を排除しない、不確かな可能性を示す-(으)ㄹ지도 모르다です。

길이 막힐 텐데 지하철을 타세요.

道が混むでしょうから、地下鉄に乗ってください。

道が混むという予想を、後ろの提案の背景にする-(으)ㄹ 텐데です。

민수 씨가 약속을 잊었을 리가 없어요.

ミンスさんが約束を忘れたはずがありません。

根拠から可能性を強く否定する -(으)ㄹ 리가 없다 です。

確信度だけの一直線に並べない

推測表現は確信度だけでなく、根拠の種類と後続発話で使い分けます。同じ話し手でも、観察を示すのか、可能性を残すのかで形が変わります。

× 推測表現を確信度の数字だけで覚える

根拠と後続発話の役割が抜けます。

→ 何を見て判断し、その推測を何に使うかを確認します。

× -(으)ㄹ 텐데を単独の未来形として扱う

予想を後続内容の背景として置く働きが重要です。

→ 後ろの提案・心配・対照まで読みます。

-는 모양이다は確信を持って淡々と推測を述べる

-는 모양이다は、状況から判断して確信の度合いが強く、淡々とした態度で推測を述べる、格式的な文章でよく使われる表現です。

国立国語院『韓国語教育文法・表現内容開発研究(3段階)』は、-나 보다は非格式的な会話で、-는 모양이다は格式的な文章でより多く使われ、-나 보다が驚きや疑いの気持ちを伴いやすいのに対し-는 모양이다は淡々とした態度で推測を述べると説明しています。

-나 보다は間接的な根拠に基づく推測に使われ、話し手が直接見聞きした事実にはあまり使われません。-는 모양이다は書き言葉的な場面で第三者の状況を淡々と推測する場合に選びます。

도둑이 들어온 모양이에요.

泥棒が入ったようです。

確信を持って淡々と述べる-는 모양이다です。同じ状況を-나 보다で言うと驚きを伴いやすくなります。
× 엄마, 아기가 자는 모양이에요.(母親への日常的な声かけで使う)

-는 모양이다は格式的な文章でより多く使われる表現で、日常的な声かけのような非格式的な場面で使うと硬い言い方になります。

→ 엄마, 아기가 자나 봐. のように-나 보다を使います。

-다 싶다は平叙形の判断をそのまま推測として示す

-다 싶다は、動詞・形容詞・이다の平叙形の終結語尾「-다」に補助形容詞「싶다」が続き、そのとき話し手の頭に浮かんだ判断や実感をそのまま推測として述べる表現です。

国立国語院 우리말샘は「싶다」の語義002を「(동사나 형용사, 또는 '이다'의 일부 종결형 뒤에 쓰여) 앞말이 뜻하는 내용을 생각하는 마음이 있음을 나타내는 말(動詞・形容詞、または이다の一部の終結形の後に使われ、前の語が意味する内容を考える気持ちがあることを示す語)」と定義しています。-다 싶다はこの構成のうち、疑問形ではなく平叙形の終結語尾-다を伴う形で、話し手がその場で下した判断・実感をそのまま推測として提示します。

他の推測表現の多くが推測だけで文を終えられるのに対し、-다 싶다はその場の判断がきっかけとなって、後ろに実際に取った行動の描写が続く場面で使われることが多い表現です。

너무 늦었다 싶어서 택시를 탔어요.

ずいぶん遅れたと思って、タクシーに乗りました。

「遅れた」という判断を平叙形-다でそのまま述べ、後ろにその判断がきっかけの行動(タクシーに乗る)が続きます。

설명이 좀 어렵다 싶어서 다시 한번 읽어 봤어요.

説明が少し難しいと思って、もう一度読んでみました。

現在の判断(어렵다)に싶다が続き、その実感が読み直すという行動につながります。
× -다 싶다を、確信度だけが違う것 같다の言い換えとして使う

우리말샘の語義002は-다 싶다を含む構成について、話し手自身がその内容を考える気持ちがあることを示す語だと説明しており、断定を避けて印象を述べる것 같다とは焦点が異なります。

→ -다 싶다では、話し手がその場で下した判断・実感と、それに続く行動の有無を確認します。

参照した資料

この記事の日本語説明と例文は語学ドリルが作成したものです。

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